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村山夫妻は大変裕福であった。
地方都市の郊外とはいえ、一般的な住宅の五倍はあろう邸宅に二人だけで住んでいた。
元から裕福だったわけではない。
小さな借家暮らしが続いた後に、夫が自ら興した輸入会社が成功し、誰もが羨む生活を手にしたのであった。
しかし二人には子供がなかった。
そのことについてどちらからも何も言ったことはない。
五歳下の夫人が五十を迎えた時、知人からゴールデンレトリバーを譲り受け、ジョンと名付け、子供のように溺愛していた。
「ジョンなんてありきたり過ぎるじゃないか。」
「あら、名前なんて呼び易ければそれで良いのよ。名前に愛情を込めるのではなく、いかに愛情を込めて呼ぶのかが大事なのだから。」
夫の名は日出雄といった。夫人の名は香といった。
日出雄は長身で、体格もがっちりとしていた。元々は痩せていたのだが、腰痛持ちとなったことをきっかけに体を鍛え、今のような体格となった。
日出雄は、やや強面なため、香は体を鍛えることに賛同しなかった。
「これ以上怖くなってどうするの。」と言い、
「だったらいつも笑顔でいなさいね。」と言った。
「強面に白髪混じりは怖いから染めてね。」とも言った。
本当は日出雄にいつまでも若々しくいてほしいとは言えなかったけれど。
香は対照的に小柄で、年齢よりも若く見られることが多かった。
小さな会社の営業担当をしていた日出雄、香は取引先である大手企業の受付嬢だった。
真っ白のブラウスに薄いグレーのベストとタイトスカート姿の香は清楚で、その笑顔もまぶしかった。
日出雄は一目で好きになってしまった。
一方の香にとって日出雄の第一印象は「顔が怖かった。」であり、それがいつ好きに変わったのかを言うことはなかった。
日出雄は幾度となく「ずるい。」を繰り返したが、その度に「そう女はずるいのよ。」とはぐらかされた。
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