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男性は引率の先生だった。
眉を吊り上げ子供たちを睨んでいる。
「ごめんなさい。すみませんでした。」
すかさず頭を下げたのは日出雄だった。
それは深々と見事な角度で腰を曲げ、お辞儀のお手本ともいうべき姿だった。
「いやいや、あなたではなくて子供たちにですね。」
先生は恐縮してしまい、しどろもどろになってしまった。
「へ。」と頭を上げる日出雄、子供たちは大人二人の滑稽な姿を笑っていた。
「頭を下げるのはお前たちだろう。」
先生は一番近くにいた子供の頭を押さえつけ、無理矢理にお辞儀をさせた。 「ごめんなさい。」
今度は日出雄が恐縮してしまった。
「こっちこそごめんな、おじさんのせいで怒られちゃったな。」
子供たちは歯茎をむき出して笑った。
「ホントだよ、おじさんのせいでおこられたよ。」
先生はゲンコツを軽く落とした。「いてて、暴力反対。」と子供たちは、わざと痛がりながら、クラスメイトの待つ列へと戻った。そして大きく手を振った。
「バイバイ、また来るからそのときは遊んでね。」
日出雄は小さく振り返した。
「また来るそうですから、あなたも来てくださいよ。」
そばで一部始終を見ていた香が、声を掛けてきた。
実のところ、ここ最近取引がうまくいかず、敷居が高い状態となっていた。
それを知ってか知らずか、香の一言は日出雄に勇気を与えてくれた。
「子供がお好きなんですね。」
「それはどうでしょう。子供からは好かれるみたいですね。私自身が子供ですから。」
照れ笑いを浮かべる日出雄は本当に大きな子供に映ったことだろう。
会社の同僚や先輩方は優秀な人たちが多い。
良く言えば洗練された感じであり、悪く言えば人としての魅力が薄い。その中で日出雄は魅力的だった。
「もうすぐお昼ですね。この辺でおいしいお店ってどこかありますか。」
「ありますよ、よろしければ御一緒しましょうか。」
日出雄は目を丸くした。
お店を訊いたことに他意はなかった。
とても喜ばしい話ではあるが、頭がついてこない。
どうしてそうなったのだろう。
とりあえず何か返事をしなければ、と口を開いた日出雄。
「宜しくお願いします。」とお手本のようなお辞儀をしてしまっていた。
香は左手を口に添えてこらえていたが耐えきれず、声を出して笑ってしまった。
これをきっかけに二人の交際は始まった。
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