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携帯電話もメールもない時代、約束しなくても毎日会えた学生時代とも違う。
悪い噂がたたないように、周りに気付かれないよう二人は愛を育んだ。
日出雄の慎重で誠実で優しく、それでいて少年のような人柄に少しずつ惹かれていく。
一方で、仕事上では何もない素振りを見せることが寂しく感じていた。
「お前はお日様の香だな。」
日出雄は、照れながらつぶやいた。
「それじゃあ、お日様と一緒にいましょうね。」
特にプロポーズの言葉はなかったが、思い返せばこれが香からの逆プロポーズだったのだろう。
それから結婚までは意外なまでにすんなりと運んだ。日出雄は香の両親から反対される覚悟をしていたというのに。
日出雄が一流ではないものの大学をでていたこと、お酒はたしなむがタバコとギャンブルはやらないこと、そして何より一番の理由は、
「娘が選んだのだから間違いはない。」だった。
日出雄は香の両親に感謝するとともに、大好きな香を育てた人達なのだと実感した。
結婚を契機に香は務めていた会社を退職した。
寿退社が当たり前の時代だったが、香には全力で日出雄を支えていきたいという思いがあったから、いつの時でもそうしただろう。
香にとっては生まれて初めて経験する貧しさだったが、日出雄と一緒にいられることが何より嬉しくて、苦だと感じたことはなかった。
日出雄は少しでも香に負担を掛けまいと、一生懸命に働いた。
それでも生活は楽にならず、かえって二人の時間は少なくなってしまった。
ずっと一緒にいたいから、ずっとそばにいたいから、日出雄は輸入会社を立ち上げた。
香が好きだったイタリアの調度品を個人輸入したことがきっかけとなった。
最初の一年は、今まで以上の貧しさとなってしまった。
香の両親と顔を会わせる度に、深々と頭を下げて謝罪した。
香の父親は、その度に日出雄の背中を思い切り叩いた。
「まだ終わりじゃないんだろう。」
背中の痛みと言葉が熱く胸にまで響いた。
この人たちは絶対に裏切れない。
どんなに厳しい状況であっても力がみなぎった。
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