第1章

2/7
前へ
/7ページ
次へ
 生涯忘れられないであろう光景というものがあるだろうか? 俺にはある。押入れの中で眠っている妹を抱きかかえながら見ていた光景。両親がナイフで刺され倒れていく。両親の体から流れていく血。部屋が赤く染まっていく。時間的には短い時間だった。最初インターホンが鳴って母親が玄関に行った。扉を開けた瞬間鈍い音がして倒れた。床に赤い液体が広がっていった。異変に気が付いて玄関に駆け寄った父親も玄関を押し開けて入ってきた覆面を被った人間が父親をためらいなく刺し父親も廊下に倒れた。  小さい頃俺と妹は隠れんぼが好きだった。よく妹と二人で部屋の狭いところに隠れては両親に探してもらうというのがいつものことだった。その日も寝室の押入れの中に妹と二人で隠れていた。隠れている間に妹は眠ってしまって、俺は押入れの中から両親が殺されるのを見ていた。両親を殺した人間はすぐに玄関から逃げ出して姿を消した。俺は怖くて震えて動くことができなかった。両親は即死だった。当時の警察が捜査をしたが結局犯人は誰だか分からず捕まえることはできなかった。 あれから十五年。俺は両親を殺した人間を探し続けていた。俺達兄妹を引き取って育ててくれた叔父叔母は犯人探しなんてやめなさい。自分の人生を幸せに生きなさい。それが両親の願いでもあるはずだからと言ってくれた。その通りだと思う。妹は叔父叔母の言う通り一生懸命自分の人生を生きている。結婚し、二人の子供に恵まれて幸せな家庭を築いている。でも、俺には犯人探しをやめることはできなかった。犯人を見つけて相応の処遇を受けさせてやらないと前に進めない。十五年かかった。時効目前。ようやく俺は犯人を見つけた。確かな情報源から手に入れた情報だ。この後到着する電車に乗っている細身で長身の男。いつもそいつは改札の目の前に止まる車両に乗っているから最初に出てくる。そいつが俺たちの両親を殺した犯人だ。  駅の改札の柱に体を預けながらその電車を待った。待ち始めて七本目の煙草に火をつけた時、目的の電車が到着した。柱の陰に体を隠して最初に降りてくる男の顔を伺おうと改札を凝視する。電車特有のドアが開く音がして多くの人が吐き出される。その先頭に細身の男が歩いていた。改札を出てきた男の顔を確認して思わず口に咥えていた煙草を落としてしまった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加