第1章

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 はっきりと告げてやる。悟の瞳に動揺が見えきょろきょろと動き出す。 「言い訳とか。言い逃れとかはやめてくれ。証拠も上がっているんだ。俺もまさかとは思ったよ。残念だったな。今年で時効だったのに」  悟は何も答えずうつむいた。 「何が目的で妹に近づいたのかは想像できるよ。あの時の生き残りの俺たちに探りを入れようと思ったんだろ? 俺たちが犯人の顔を見ていたのかどうか? よかったな。俺も妹も犯人の顔を見ていなくて」  悟はごんと頭とテーブルにぶつけた。両手も同じようにつく。 「本当に申し訳ないことをしたと思っています」  その姿を見て俺は嫌悪感が沸いてくる。申し訳ないで両親を殺されてたまるかという気持ちがわいてくる。悟に同じ目にあわせてやりたいという感情が沸いてくる。しかし、同時に妹の笑顔も浮かんできた。俺が、この笑顔を壊してしまうわけにはいかない。 「もういい。俺は正直、悟さんを殺してしまいたいぐらい憎んでいる。それは今も変わらない。でも、同じぐらい妹のことも大切なんだ。俺が甥姪の父親を殺すわけにはいかないし、警察に突き出すわけにもいかない。ただ、もう二度と妹たちの前に現れないでくれ」 「二度とですか」 「当然だ」  妹たちの生活は大変になるだろう。それでも、この男と一緒に生活させるわけにはいかない。この男は殺人犯なのだから。 「それができないなら。しょうがない。俺は今から警察に行く」  悟は黙ったまま。五分。十分と時間が経った。 「分かりました。これまでお世話になりました」 「妹たちには上手く言っておく」 「お願いします」  悟がゆっくりと立ち上がる。本当にこれでいいのか? 十五年。十五年かけて追いかけてきた。憎み続けてきた男をこのまま逃がしてもいいのか? しかし、悟を憎めない自分がいるのも確かだった。妹に支えられてばかりだった俺。その妹の支えになってくれた悟。これは俺にとって大きな借りだった。これでいい。俺の判断は間違っていない。 「あーあ。お兄ちゃん。言っちゃったんだね」  突然、悟の背後から妹の声がした。直後、鈍い音がした。何か硬いものが柔らかいものを破る音。 大きな音を立てて倒れ伏した悟の背中には包丁が突き刺さっていた。騒ぎに気が付いた客が悟の姿を見て悲鳴を上げる。 「お前」
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