第1章

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 目の前に悲しそうな顔をして立っている妹を見ながら俺はただ驚くことしかできなかった。悟は机に突っ伏しているが、まだ意識はあるのか手を自分の背中に回そうとしてうまくできていない。 「何しているんだ」 「何って。復讐だよ。お兄ちゃんだってずっと望んでいたことでしょう。悟さんは私たちの両親を殺した犯人なんでしょう?」 「気づいていたのか」  妹はうなずく。 「いつから?」 「お兄ちゃんには黙ってて悪かったと思っているけど随分前から私は知っていたよ」 「知っててお前。こいつと結婚したのか?」  それとも、知らずに結婚して後でその事実を知ったのか。 「あはは。心配しなくていいよ。私は悟さんが犯人だって知ってて結婚したんだから」  安心できるはずがなかった。 「どうして」 「お兄ちゃんはさ。私たちの両親が悟さんに殺された理由って知ってる?」  妹の言葉に俺は首を横に振る。まったく非のない人たちとは言えないと思うが、人に殺されるほど悪い人間だったとも思えない。 「お父さん浮気してたんだよ」 「何を言って」 「私たちのお父さんは悟さんのお母さんと不倫していたんだよお兄ちゃん。悟さんから聞いたから間違いないんだ」  ね、悟さんと倒れている悟に妹は話しかける。当然返事はない。 「しかも。お父さんは悟さんのお母さんを騙して付き合って、挙句に捨てたんだ。悟さんのお母さんはショックのあまり自殺してしまった。悟さんは母子家庭だったから相当なショックを受けて私たちのお父さんを憎んでいた」  妹の口から次々と吐き出される言葉の意味を理解するので精一杯だった。そこに自分の感情がついてこない。 「だから、悟さんは復讐のために私たちの両親を殺した。お母さんは巻き添えだけどね」 「それ、本当なのか」  妹はうなずく。 「全部悟さんが私に話してくれたことだから。悟さんは私と結婚する前に全てを話してくれたんだ。黙ったまま結婚することはできないってね。悟さんって本当にいい人だよね」  にっこりと笑う妹の顔を見ながら、本当にこれは俺の妹なのだろうかと疑問が浮かんでしまう。 「私たちのお父さんのせいで悟さんのお母さんは死んだも同然。確かに、酷い人だよね。悟さんにとっては。でも私たちにとってはとても優しくて頼りになるお父さんだった」  否定できない。こんな話を聞かされてなお、父親が浮気なんてするような人間だとは俺は思えないでいる。
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