第1章

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 私はその言葉に反応せず、ただ物憂れげな奏さんの顔を眺めていた。  「それともどこにも行かないのか……この噴水の水のように、永遠に同じ場所をぐるぐる回っていくものなのだろうか」  奏さんの言葉が具体的に何を意味するのかわからない。……死んだら? ……同じ場所?? でも、噴水の水は違うと思ったので、つい声を出してしまった。  「……噴水の水はいつも同じではないと思う」  「なんだと?」  奏さんが顔を上げて、私を訝しげに見た。  私は急な視線にうろたえながらも、自分の意見を続けてみた。  「あ、ご、ごめんなさい。でも、噴水の水だって蒸発するし、雨が降って混じったりするからぐるぐる回っていても同じ水じゃないと思って」  奏さんは懸命に説明する私の顔を、つまらなさそうな顔をして見ている。  「だから噴水の水も……行き場がないわけじゃないと思います」  「ふん……」  奏さんはつまらなさそうにまた水面に視線を戻した。そして噴水の水にそっと手を浸した。  「いつも同じように見えるだけで、実際はそうではない、か……」  奏さんの反応があったので、私は思わず話を続けてしまった。  「永遠に同じなんてないです。きっと噴水の中には浄化するものがあって、そこを通るだけでもさっきとは違った水だと思う……」  「……」  奏さんが私の顔を睨むように見た。余計なことを言ったのかもしれない。  私はもう言葉を濁すしかなかった。  「……うまくいえないですけど」  私の言ったことは、奏さんが考えてることとまったく違ったのかもしれない。  なんでこんなことに言っちゃったんだろうと、少し自己嫌悪に陥っていると、意外にも奏さんがフッと笑った。  「ちょっとおもしろいな」  奏さんのほんの少しの笑顔にドキっとする。けれど、その笑顔もいつもの人を寄せ付けない仏頂面にすぐ戻ってしまった。  奏さんは立ち上がって、私のほうをもう見向きもせず踵を返す。  「あ、邪魔してごめんなさい。さようなら」  私が背中に声をかけると、奏さんは一瞬立ち止まったが、振り返りもせずそのまま去っていった。  私はやっぱり失敗したなぁと思ったけれど、奏さんが一瞬みせた笑顔が脳裏にやけにこびりついていた。  奏さんもあんな表情するんだな……。
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