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「……考えておく」
それだけ言うと、奏さんは家へは入らず、どこかへ出かけていった。
私はそんな背中を見送ってから、さっきよりずっと穏やかな気持ちでその場を後にした。
受験まっしぐらのこの時期、放課後の3年生の教室には誰もいなかった。
私と……窓枠にもたれかかっている奏さん以外は。
奏さんは、さっきからぼんやりと窓の外を眺めていた。
そして私は、そんな奏さんを眺めている。
「若い奴らは元気だな」
「若い奴らって、奏さんと1つか2つしか違いませんよ」
「そうか。そうだな」
「そうですよ、奏さんだって十分若いのに」
「だが、もし……そうじゃないと言ったら?」
「えっ?」
どういうこと? 奏さんが、私や美琴ちゃんより1つ年上だってことは、はっきりしてるのに。
だって、奏さんが知り合いの人のうちに預けられた時、首もすわっていない赤ちゃんだったのは間違いようがない事実だもの。
「見てみろ」
そう言って差し出された1枚の写真。
「これって……」
見慣れた洋館を背景に楽しげに笑っている家族と……不機嫌そうにそっぽを向いている1人の青年の写真。
そこに映っていたのは、私のよく知っている人物ばかりだった。
まだ若い……多分、20歳ぐらいのママと、もうとっくの昔に死んだはずのおじいちゃんとおばあちゃん。
「この人……」
楽しそうにしている3人とは裏腹に、1人だけそっぽを向いている青年の顔を、確かに私は知っている。
「よく知ってる顔だろう? 俺も毎日見ている顔だ」
「……でも、まさか……」
だって、これ、どう見ても20年ぐらいは前の写真。
でも、確かに――その青年は奏さんだった。
「この写真は、お前が貸してくれたノートの中で見つけた」
そう言われてみれば、あのノートには不自然な空白があったっけ……。
そう思い出した時、また1つ、私の中でこの写真と過去に聞いたキーワードが当てはまる。
「あっ……」
写真の中の青年は、蝶の刺繍が入った黒いシャツを着ていた。
――同じようなシャツに、赤ん坊の奏さんが包まれていた。
それだけじゃない!
「……ママが言ってた。どこかで奏さんに会ったことがある気がするって……」
「会ってるどころか、一緒に家族写真におさまる仲だった」
「……これって……奏さんのお父さん……ですよね?」
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