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「そんな人でも俺を忘れてしまうんだ……」
「私は……恋人です。奏さんの彼女です。絶対に、忘れません」
「絶対などと本当に言い切れるか? いや、俺のことを忘れなかったとしたら、その方がやり切れない」
さっきから奏さんは、私の方を向いてくれない。ずっと視線をそらしたままだ。
「これ以上、お前と一緒にいるのは辛い……これ以上思い出を増やしたく無いんだ」
その手と同様に震える声の奏さん。
なにか言いようの無い気持ちを押し殺しているのが、とても伝わってくる。
「だったら、どうして指輪なんかくれたんですか?」
今も手にはめている指輪を、奏さんに向かってつきだした。
その指輪に奏さんは、ハッとたじろぐ。
「それは……美琴に……」
「それは嘘……ですよね。そんなに長く生きている奏さんが、女の子に指輪を贈る意味を知らなかったとは言いませんよね」
「それは……」
言いよどむ奏さんに、さらに私はよく見えるように指輪をかざす。
「本当のことを教えてください。奏さん」
静かに、だけど強く、問いかける。
「……お前とずっと一緒にいられたらと思った……本当にお前と結ばれることが出来たら良かった」
そう言うと、指輪を隠すように私の手を取る。
その目は暗く、まるで光射さぬ深海のように闇に包まれていた。
「過去形にしないでください。諦めなければ、何か方法があるはずです」
「……方法、か」
その深い闇で遠くを見つめる奏さん。 その瞳には私も映っていないのだろうか。
「お願いです、私にも何か……」
一度止まったはずの涙が、はらはらと頬を濡らす。拭っても拭ってもそれは、止めどなく溢れてくる。
私は……奏さんのために、何もしてあげられないの?
「泣くな、お前のせいじゃない……お前に泣かれると、どうしていいかわからなくなる……」
奏さんが私を優しく抱え込む。その腕は温かく、奏さんが人間ではないと言うのが嘘のようにも思えた。
「結局俺は誰かを守ることも、突き放すことも出来ない臆病者だ……」
「奏さんは十分人間ですよ……こんな風に悩んでいる」
「……優しいんだな。俺の腕に、お前を抱きしめる資格など無いのに……」
その呟きは、以前に奏さんの部屋でも聞いた気がした。
「資格なんていらないですよ」
奏さんからの返事はなかった。
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