第2章

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 「そんな人でも俺を忘れてしまうんだ……」  「私は……恋人です。奏さんの彼女です。絶対に、忘れません」  「絶対などと本当に言い切れるか? いや、俺のことを忘れなかったとしたら、その方がやり切れない」  さっきから奏さんは、私の方を向いてくれない。ずっと視線をそらしたままだ。  「これ以上、お前と一緒にいるのは辛い……これ以上思い出を増やしたく無いんだ」  その手と同様に震える声の奏さん。  なにか言いようの無い気持ちを押し殺しているのが、とても伝わってくる。  「だったら、どうして指輪なんかくれたんですか?」  今も手にはめている指輪を、奏さんに向かってつきだした。  その指輪に奏さんは、ハッとたじろぐ。  「それは……美琴に……」  「それは嘘……ですよね。そんなに長く生きている奏さんが、女の子に指輪を贈る意味を知らなかったとは言いませんよね」  「それは……」  言いよどむ奏さんに、さらに私はよく見えるように指輪をかざす。  「本当のことを教えてください。奏さん」  静かに、だけど強く、問いかける。  「……お前とずっと一緒にいられたらと思った……本当にお前と結ばれることが出来たら良かった」  そう言うと、指輪を隠すように私の手を取る。  その目は暗く、まるで光射さぬ深海のように闇に包まれていた。  「過去形にしないでください。諦めなければ、何か方法があるはずです」  「……方法、か」  その深い闇で遠くを見つめる奏さん。 その瞳には私も映っていないのだろうか。  「お願いです、私にも何か……」  一度止まったはずの涙が、はらはらと頬を濡らす。拭っても拭ってもそれは、止めどなく溢れてくる。  私は……奏さんのために、何もしてあげられないの?  「泣くな、お前のせいじゃない……お前に泣かれると、どうしていいかわからなくなる……」  奏さんが私を優しく抱え込む。その腕は温かく、奏さんが人間ではないと言うのが嘘のようにも思えた。  「結局俺は誰かを守ることも、突き放すことも出来ない臆病者だ……」  「奏さんは十分人間ですよ……こんな風に悩んでいる」  「……優しいんだな。俺の腕に、お前を抱きしめる資格など無いのに……」  その呟きは、以前に奏さんの部屋でも聞いた気がした。  「資格なんていらないですよ」  奏さんからの返事はなかった。
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