第1章 事の発端

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「ああ、あの遠藤さんの息子か。確か子供の頃、一度か二度会った覚えがあるな。やたら愛想が良かった様な……。でもその時お前、一緒に居たか?」 「これまで、会った事は無かったわよ。もう放っておいて頂戴、あいつとは全然関係ないんだから! それより星光文具で思い出したけど、綾乃ちゃんが最近付き合い出した、彼氏の事を知っている?」  これ以上突っ込まれたく無かった為、眞紀子は半ば強引に話題を変えた。いつもならそれに乗る隆也では無かったが、話題になった人物の名前に、ピクリと反応する。 「綾乃ちゃんが春に星光文具に入社したのは知っているが、それは初耳だな。君島さんや篤志の奴が薦めた相手か?」 「違う違う。同じ会社の社員よ」  昔から家族ぐるみの付き合いがあり、そこの一人娘である彼女を熟知している隆也としては、詳細を確認せずにはいられなかった。家族中から溺愛されている彼女の事、てっきり父親や兄が認めた相手と交際を始めたのかと思いきや、眞紀子があっさりと片手を振りながら否定してきた為、隆也は瞬時に渋面となる。 「……あの世慣れてない、綾乃ちゃんの相手として大丈夫なのか? 相手の男の身辺調査位は、ちゃんとしたんだろうな?」  真剣そのものの隆也の口調に、眞紀子は本気で呆れかえった。 「兄さん……、私が初めて彼氏と付き合った時とも、それ以降の男の時とも、明らかに対応が違うんじゃない? 確か素っ気なく『相手が気の毒だから、身ぐるみ剥ぐなよ?』程度しか言わなかったと思うんだけど?」  幾分腹を立てた様な物言いにも、隆也は堂々と言い返す。 「当たり前だ。綾乃ちゃんは幼稚園の頃『隆也お兄ちゃんのお嫁さんになりたいの』と可愛い事を言って、小学生の頃『お父さんとお兄ちゃん達以外にチョコをあげるのって初めてなの』と言いながら、真っ赤な顔で、俺にバレンタインのチョコをくれたんだぞ? 偶に広島やこっちで顔を合わせる度に、打算抜きで懐いてくれて心底癒されていたし。お前は間違っても、そんな可愛い過ぎる事はしなかっただろうが。あんな可愛い妹が欲しかったのに、お前ときたら……」  そこで如何にも嘆かわしいと言わんばかりに、溜め息を吐いた兄に、眞紀子も顔を顰めた。 「言ってくれるじゃない。私だって裏表が激し過ぎる兄なんて御免だわ。……でも、そうか。やっぱり兄さんの見た目に騙されるなんて、綾乃ちゃん、色々と心配よね」
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