第1章 事の発端

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「私、明日の夕方からは暇だからあんたの所に行こうかと思ってたんだけど、実は仕事で九時に池袋に出向くのよ。でも昼過ぎには終わるから、もし近くだったらお昼をご馳走してあげようかと思って」  その申し出に、祐司は瞬時に反応した。 「いらないから! と言うか、そんな事されたらダブルデートよりよっぽどタチが悪いぞ! 第一、池袋近辺には行かないからな!」 「本当に? 実は近くをウロウロしてるんじゃないの?」 「本当だから。綾乃とは十時に目黒駅で待ち合わせだし」 (かかった……)  疑い深そうに問い掛けた貴子に、祐司が焦り気味に待ち合わせ内容を口にする。それに貴子はニヤリと笑ったものの、口に出しては如何にも残念そうに告げた。 「何だ、そうだったの。この間、話に聞いていた綾乃ちゃんを、この機会に是非、見たかったんだけどな~」 「そのうち、きちんと紹介するから」 「約束よ? 破ったら承知しませんからね」 「分かった……」 (まあ、からかわれるのが嫌だって気持ちは分かるし、今回はこっそり覗くだけにしましょうか)  そう思いながらも、貴子はしつこく尋ねた事に対して怪しまれない様に、一応弁解する言葉を並べた。 「だって、なんかあんた本気っぽいし。初顔合わせが結婚式とかってちょっとね。確かに一緒に暮らした事は無いし家族でもないから、仕方ないのかもしれないけど。これでも一応半分は、血が繋がった姉」 「ふざけるなよ? 確かにそうだがうちは全員、姉貴の事は家族だと思ってるぞ!」  明るく笑いながら、茶化し気味に告げた台詞を、怒りを内包した声で遮られた貴子は、瞬時に口を閉ざし、落ち着いた口調になって素直に謝罪した。 「……気に障る事を言ってごめん。悪かったわ。彼女を紹介して貰えるのを、楽しみにしてるわね?」 「ああ」  そこで多少気まずい沈黙が漂い、貴子が話を終わらせようとした時、唐突に祐司が話題を変えてきた。 「それはそうと……、姉貴の方はどうなんだ?」 「どうって、何が?」 「人の結婚云々の前に、順番から言えば姉貴の方が先だろう? 『相変わらず交友関係が派手みたいだけど、いつまでも良い話が聞けない』って、はっきり口には出さないけど、母さんが気にしているみたいだから……」  多少言いにくそうに言葉を濁した祐司に、貴子も苦笑の標準を浮かべる。 「そう……。お母さんにも、変に心配をかけているみたいで、申し訳ないわね」
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