第1章 事の発端

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「また、そんな他人行儀な。それとも……、まさか姉貴の恋人とかに、宇田川さんがちょっかい出して、破談になっているとかじゃ無いだろうな?」  険しい声で問い掛けてきた祐司だったが、それに貴子は冷え切った声で答えた。 「祐司。あいつに『さん』付けなんか要らないわ」 「いや、一応姉貴の父親だし……」  困惑しながらも律儀にそう言ってきた異父弟に、貴子は思わず、母親の再婚相手の事を頭に思い浮かべながら微笑んだ。 「そういう人の良い所は、高木さん似よね? 言っておくけど、これは誉め言葉よ?」 「それ位、分かってるさ」  祐司が溜め息を吐いた気配を感じ取ってから、貴子改めて自分の結婚観について話し出した。 「さっきの話だけど、別にあの人がどうこうしているわけじゃないのよ? 単に私を丸ごと理解できる、高スペックな男に巡り会わないだけだから。私、人生について、一切妥協はしない主義なの」  そう断言した姉に対し、祐司が窘める様に応じる。 「そろそろ妥協した方が良いぞ? あっという間に四十路になるから」 「失礼ね。三十路に入ったばかりの女を捕まえて」 「あと何年かで、四捨五入すると四十になるだろ」  つい正直に祐司が口にした瞬間、貴子はそれはそれは楽しそうな声で告げた。 「祐司君? お姉さん、な~んか無性に可愛い綾乃ちゃんの御尊顔を拝しに、職場に押し掛けたくなっちゃったわ~。そこで有る事無い事綾乃ちゃんに吹き込ん」 「すみません。二十代の小娘が足下にも及ばない位、まだまだイケてます。お姉様」 「分かれば良いのよ。それじゃあね」  電話の向こうで、祐司が勢い良く頭を下げながら謝罪してきた気配を察し、貴子は笑いを堪えながらあっさりと通話を終わらせた。そして誰に言うともなく、苦笑交じりに呟く。 「ちょっと苛め過ぎたかしら?」  そして受話器を戻して椅子から立ち上がり、いそいそと寝室へと向かった。 「さて、明日に向けて早速準備! ばっちりセレクトしないと、ぶち壊しですものね!」  弟のデートを尾行するという、近年稀にみる楽しいイベントを成功させるべく、その夜貴子は怠りなく準備を済ませてから、気分良く眠りについた。
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