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「また、そんな他人行儀な。それとも……、まさか姉貴の恋人とかに、宇田川さんがちょっかい出して、破談になっているとかじゃ無いだろうな?」
険しい声で問い掛けてきた祐司だったが、それに貴子は冷え切った声で答えた。
「祐司。あいつに『さん』付けなんか要らないわ」
「いや、一応姉貴の父親だし……」
困惑しながらも律儀にそう言ってきた異父弟に、貴子は思わず、母親の再婚相手の事を頭に思い浮かべながら微笑んだ。
「そういう人の良い所は、高木さん似よね? 言っておくけど、これは誉め言葉よ?」
「それ位、分かってるさ」
祐司が溜め息を吐いた気配を感じ取ってから、貴子改めて自分の結婚観について話し出した。
「さっきの話だけど、別にあの人がどうこうしているわけじゃないのよ? 単に私を丸ごと理解できる、高スペックな男に巡り会わないだけだから。私、人生について、一切妥協はしない主義なの」
そう断言した姉に対し、祐司が窘める様に応じる。
「そろそろ妥協した方が良いぞ? あっという間に四十路になるから」
「失礼ね。三十路に入ったばかりの女を捕まえて」
「あと何年かで、四捨五入すると四十になるだろ」
つい正直に祐司が口にした瞬間、貴子はそれはそれは楽しそうな声で告げた。
「祐司君? お姉さん、な~んか無性に可愛い綾乃ちゃんの御尊顔を拝しに、職場に押し掛けたくなっちゃったわ~。そこで有る事無い事綾乃ちゃんに吹き込ん」
「すみません。二十代の小娘が足下にも及ばない位、まだまだイケてます。お姉様」
「分かれば良いのよ。それじゃあね」
電話の向こうで、祐司が勢い良く頭を下げながら謝罪してきた気配を察し、貴子は笑いを堪えながらあっさりと通話を終わらせた。そして誰に言うともなく、苦笑交じりに呟く。
「ちょっと苛め過ぎたかしら?」
そして受話器を戻して椅子から立ち上がり、いそいそと寝室へと向かった。
「さて、明日に向けて早速準備! ばっちりセレクトしないと、ぶち壊しですものね!」
弟のデートを尾行するという、近年稀にみる楽しいイベントを成功させるべく、その夜貴子は怠りなく準備を済ませてから、気分良く眠りについた。
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