第2章 意趣返し

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「……本当に、世の中って狭いわね」  まさか「あんたのデートを尾行していて、あいつと鉢合わせしたのよ」などと口にできない貴子は、適当に話を合わせた。そこで相手がトーンダウンしたのを幸い、祐司が慎重に話を続ける。 「親父もお袋も、随分気に入ったみたいだし。堅苦しいご挨拶云々じゃなくても、『また何かの折に、榊さんを連れて来ないだろうか』って、嬉しそうに言ってたぞ?」 「あの野郎……、勝手に押し掛けた挙句、お義父さんとお母さんに愛想振り撒いて、何の嫌がらせよ……」  思わずギリッと歯軋りして呻いた貴子に、祐司は呆れ気味に言い聞かせてきた。 「そこまで嫌そうに言わなくても……。姉貴が素直じゃないのは前々から分かっているけど、俺へのチョコなんかどうでも良いから、榊さんにチョコ位、ちゃんと渡さないと駄目だからな?」 「何なのよ、その上から目線は!? 大体ね、どうしてあいつにチョコなんか渡さなくちゃ」  また腹を立てたかと思いきや、貴子が急に黙り込んでしまった為、怪訝に思ったらしい祐司が呼びかけてきた。 「姉貴? どうかしたのか?」  すると、その問いかけに、貴子が嬉々として応える。 「良い事を思い付いちゃった。ありがとう、祐司。これであいつに意趣返しできるわ!」 「ちょっと待て姉貴、何を考えてる!? 榊さんに、変な物を食わせるつもりじゃないだろうな!?」 「大丈夫よ、ちゃんとあいつ宛に、これ以上は無い位の、まともなチョコを送るわ。心配しないで。それじゃあね!」  いきなり上機嫌になった異父姉の態度に、不吉なものを覚えたらしい祐司が焦った口調で問い質してきたが、貴子はそれに愛想よく応じて強引に通話を終わらせた。そして壁に掛けてあるカレンダーを見ながら、不敵な笑顔を湛えつつひとりごちる。 「さあ、そうと決まれば、準備準備! 気合入れて作るわよ!!」  そう自分自身に喝を入れて、貴子はさっそくレシピ作成と材料の見積もりを開始した。  そんなこんなで迎えた二月十四日。世間は華やかな空気一色だったが、常とは大して変わらない人間も、当然の如く存在していた。 (全く……、今日は特に若手がソワソワして、ウザかったな。菓子業界に踊らされて定着したイベントを、そんなにありがたがる精神構造が理解できない。貰ったチョコの数を誇る前に、仕事で実績を上げろ。馬鹿共が)
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