第2章 意趣返し

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 最寄駅から、自宅がある高級住宅街への軽い坂道を上りながら、隆也はその日の職場の光景を思い出して、些か疲れ気味に溜め息を吐いた。  もう何年も前からその手の類の物は「仕事の邪魔だ」と冷たい一瞥付きで受け取り拒否してきた為、一頃と比べると隆也にチョコを渡そうなどと考える猛者はかなり減ってはいるのだが、何故か「榊警視正にビシッと拒絶されないと、バレンタインって気がしません!」などと訳が分からない理屈を捏ねながら、突撃してくる女性職員が毎年飽きずに職場に押し掛け、この時期の捜査二課の隠れた名物となっていた。  今日も今日とて、そんな義理チョコなのか本命チョコなのか判別不可能な代物を完全拒絶し、「そういう所が良いのよね~」などと囁き合っている連中に背を向け、残業して纏わり付かれない様に早々に定時で上がった隆也は、すっきりしない気分のまま歩き続けた。 (大体、義理チョコなんて、金と時間を無駄にする代物、どこの馬鹿が考え付いたんだ? 流石に庁舎内で堂々とやり取りする空気ではないから、表立ってはいないが、絶対陰でこそこそやり取りしてる筈)  そこでふと、少し前に見た光景を思い出した。 (そう言えば……、この前行った時、あいつが『職場や収録現場で配る』とか何とか言いながら、阿呆面でかなりの量を作っていたな……)  そこまで考えて、貴子が自分に「食べる?」とお伺いも立ててこなかった事や、「あげるから」とも言ってなかった事を思い出し、無意識に呟いた。 「……ムカつく女だ」  無意識に自分が口にした台詞に気付いて、渋面になった隆也だったが、ここで自宅に到着した為、いつもの表情を心がけて門をくぐった。そして前庭を抜けて玄関に到着する短い時間の間に、素早く精神状態を整える。 「ただいま」  鍵を開けて玄関に入り、奥に向かって軽く声をかけると、ドアを開けて廊下に出て来た香苗が、スリッパをパタパタ言わせながら近寄って来た。 「お帰りなさい、隆也。今日は早かったわね」 「たまにはこんな日もあるさ」 「あなたに届け物があるわよ? お父さんが預かってきたの。リビングにあるから見てね?」 「父さんが預かった?」  脱いだコートと鞄を母親に預けた隆也は、首を捻りながらリビングに入った。すると、もう食事を済ませていたらしい亮輔が、ソファーに座ったまま声をかけてくる。
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