第13章 ぬいぐるみの秘密

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 まるで引ったくる様な勢いで紙袋の持ち手を掴むと、貴子は振り返らずにまっすぐ出入り口へと向かった。その後ろ姿と、彼女を呆然と見送る店員達を目にして、隆也はとうとう堪え切れなくなって笑いを漏らす。 「本当に、相変わらずだな」  そして隆也は店内から好奇の視線を受けながらも全く意に介する事無く、悠然と最後の珈琲まで飲み終えてから、悠然とその店を後にした。 「全く! 人の事を馬鹿にして! どこまで傍若無人なのよ、あいつはっ!!」  満足して帰宅の途に付いた隆也とは対照的に、貴子は自宅マンションに帰り着くなり、持ち帰った紙袋を力一杯ソファーに投げつけた。しかし当然の事ながら、どちらにも全くダメージは無く、ガサガサッと多少耳障りな音を立てただけで、角張った紙袋が呆気なく床に転がる。  何秒か黙ってそれを見下ろした貴子は、忌々しげに溜め息を吐いてから、それを取り上げてソファーに座った。 「ぬいぐるみが悪いわけじゃないしね。それ以上に、綾乃ちゃんに悪気があったわけじゃないし」  少し前に弟からきちんと紹介された、自分とは真逆のタイプの十歳年下の女性の顔を思い浮かべた貴子は、(祐司の奴……、私を反面教師にしたって事かしら?)などと埒も無い事を考えた。そして思わず苦笑いして、幾らか気分が浮上した貴子は、もう一度きちんと見てみようと、箱を開けて中身を取り出してみる。 (きっと一生懸命、選んでくれたのよね……。私には似合わないけど)  取り出したぬいぐるみの背中を撫でながら貴子がそんな事を考え、箱はテーブルに置いておこうと、何気なく片手でそれを持ち上げた瞬間、その重心が変化したのを感じた。 「え? 他に何か入ってるの? ぬいぐるみに備品?」  不思議に思った貴子が両手で箱を掴んで中を覗き込むと、底に掌に乗る位のサイズの、正方形の白い紙箱が転がっているのが目に入った。  何となく嫌な予感を覚えながら彼女がそれを取り出し、更にその蓋を開けると、中から紺のビロード張りのリングケースとしか思えない、上部がなだらかな形状の物体が現れる。それを見て綺麗に表情を消した貴子が蓋を開けると、その中には4月の誕生石でもあるダイヤモンドの指輪が入っていた。
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