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「…………やっぱりあんたって、訳が分からないわ」
心底うんざりとした表情で溜め息を吐いた貴子に、隆也が仕事上の顔になって確認を入れる。
「そんな事よりさっきの電話、例の詐欺グループの被害者からか?」
それに小さく肩を竦めて、貴子が端的に答えた。
「正確には被害者予備軍。相手の女性の難病の息子さんの手術費用として、大金が必要なんですって」
「警察が散々詐欺行為の手口を世間にアピールしてるってのに、そんなのに引っ掛かる人間が未だにいるとはな……」
今度は隆也が溜め息を吐くと、それを宥める様に貴子が付け足す。
「取り敢えず、結婚を前提にした生前贈与の手続きに基づいた、公文書を作成する様に唆してみたけど? 土壇場になって『あれは本人の意思でくれたんです』なんて、言い逃れできない様に。時間稼ぎにもなるでしょうしね」
「姑息な奴」
思わず苦笑いした隆也を、貴子は軽く睨みつけた。
「何よ。取り逃がしても良いの? 本人が外聞を憚って被害届を出さなかったら、逮捕できないんでしょう?」
「まあ、それはそうなんだがな。年はいってるが、お前の教室の生徒だろう?」
「だから余計によ。自分の職場を、狩場にされたら堪らないわ」
「気持ちは分からないでもないが、あまり積極的に係わるのは、お前の立場的にどうなんだ?」
何となく困った様な表情になった隆也から視線を逸らし、勢い良くソファーから立ち上がった貴子は、キッチンに向かいながらぶっきらぼうに尋ねる。
「ごちゃごちゃ五月蠅いわね。喉が乾いたからお茶を飲むけど要る?」
「頼む」
「了解」
隆也に背中を向けたまま応答した貴子は、そのままキッチンに姿を消した。そして一人きりになったリビングで、隆也は自分の右手を見下ろす。
「10……、いや、11号だな」
妙に確信に満ちたその呟きは、当然彼以外の誰の耳にも届かなかった。
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