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「僕、仕事が休みでもよくここへ来て魚ばっかり見てるんです」
「はあ」
私のとなりに片膝を立ててしゃがみ、松川さんは世間話のように軽い口調で喋り始めた。思ったよりよく話すひとらしい。ひとは見かけによらないというのは本当なのかも。
ふくよかな女のスタッフさんはくすくすと笑いながら、茶化すような合いの手を入れている。
「そうしたら今日は、僕と同じように何度も館内を見て回ってらっしゃる女性がいるわけです。しかし、どうも楽しそうじゃない。友達とはぐれたのかと思いもしましたが、それも違うらしい。――必死に歩くあなたを何度か見かけたあと、クラゲの水槽の前で立ち止まっているのがわかりました」
「ああ……そうですね、あそこで声をかけてもらったのに私……」
警備員かもって疑って、助けなんていらないって突っぱねて、なのに最終的にはやっぱり助けてもらっている。
「十歳くらいの男の子、でしたね」
「そうです」
「その子がとても大事なんですね」
「……はい」
友達を探す眼差しじゃありませんでしたからね、と松川さんは感心したように言う。
いいえ松川さん。あのときの私は少し弱気になっていて、なにもかもを投げ出せたらって思っていたんですよ。
でも松川さんが「大丈夫?」「なにか助けになれることはありますか」って言ってくださったから、私、もう一度歩き出さなくちゃと思ったの。
だってあの子は私の、
「甥っ子さんですか? ……あ、立ち入ったことでしたらすみません。また不躾なことを言ってしまいました」
「いいえ、訊いてくださって大丈夫です」
「――あなたの、お子さんですか?」
私の、ぶさいくで、とにかくかわいい息子なんです。
私はやっと、唇とほっぺたを持ち上げて、笑った顔で「はい」と答えられた。少しはあの子の笑った顔に似ていたかしら。
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