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「生意気で反抗的なのが玉に瑕なんですけど……。このあいだも、トイレットペーパーを全部解いてしまったし、新聞のページをバラバラにしちゃってたんです」
私が付け加えた台詞に、女のスタッフさんは笑った。でも、松川さんは不思議そうに首をかしげてから、ああ、と相好を崩す。
「あなたが愛情深い証ですよ、それは」
ね、と松川さんとスタッフさんはうなずき合っている。
どういうことなのか、さっぱりわからない。
「子は親の愛情を試すことがよくあるんですよ。聞いたことはおありになりませんか?」
人生経験の豊富な女のスタッフさんが、訳知り顔で話した。
「このひとはどこまでぼくのことを愛してくれるんだろうって、いたずらをしかけることで親の愛の強さを計っているんですって」
「……へえ」
松川さんが不意に腰をあげ、私のほうを見ずにささやくようにあとを引き取った。
「だから、根気よく付き合ってあげてください。あの子もきっと、もういたずらは必要ないってわかりはじめていると思いますから」
「え?」
「……きょろきょろせずに聞いてくださいね、淡水コーナーの影におそらくあなたのお探しの男の子がいらっしゃいます」
「えっ」
つい振り向きそうになったけれど、ぐっと我慢した。
「無駄話にお付き合いくださってありがとうございました。このまま、もう一度コースを巡ってください。そして、クラゲのいた手前のところに死角がありますから、そこに隠れてみてもらえますか。きっとあなたを追いかけて、彼が走ってくるはずです。黄色いTシャツを脱いで白の下着姿ですが、どうか怒らないであげてくださいね」
私は、笑ってしまった。
アナウンス通りの格好をしているじぶんに気がついて、あの子はなんとか対策を打ったつもりでいるらしい。
なんてあほなんだろう。かわいくてたまらない。
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