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この暗闇にいれば、私の姿は誰にも見えない。
音楽もなにもかかっていない館内に、迷子のアナウンスが流れていた。
黄色のTシャツに青のズボンを穿いた男の子が迷子になっている。
実は私も迷子だ。
誰か私を三ヶ月前の春の日に、連れ帰ってくれないだろうか。
このままここにいるのはつらい。
全部なかったことにできたら、なんて楽なんだろう。
「誰か、助けてください……」
楽になろうとしてしまう私を、誰か助けて。
「大丈夫ですか?」
思考をさえぎるように、やわらかな声が降ってきた。
警備員さんに声をかけられた、と思った。館内で競歩じみたことをしていたし、あんまりひとところに突っ立っていたから、不審者だと思われたのかと……。
でも、私の三歩先で立ち止まる人影は、制服を着ていなかった。ずっと暗いところにいた私はもう夜目に切り替わっている。そのひとは、メガネをかけた男のひとだった。私服警備員でないなら、来館者のひとりだろう。
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