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「どこか、気分でも悪いんですか」
「え、あ、いえ、大丈夫、です」
「そうですか……。不躾に声をかけてしまって、すみませんでした。なにか、僕でお力になれることはありませんか?」
暗がりではそのひとの顔色をうかがうことはできなかったけれど、声だけはずっと優しかった。
差し伸べられた手をとれば楽なことはわかっている。誰かに寄りかかれば、それは楽に違いない。
でも。
あの春の日に私が戻れないように、あのときに決めたことをなかったことにはできないんだ。
「ひとりで、大丈夫です。どうもありがとう」
いざ目の前に私を助けてくれるひとが現れても、私はその手をとらないだろうことを今、知る。
ぺこりと頭を下げて、また、歩き出す。丸い水槽の中のちびクラゲも、再び水面を目指して泳ぎ始めていた。
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