浮遊クラゲ

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 黄色のTシャツに、青のズボン。十歳くらいの男の子をお見かけになったお客様、お近くのスタッフまでお知らせくださいませ。……繰り返します、黄色のTシャツに、青のズボン――。  アナウンスを背中に浴びながら、私は深海コーナーを抜けた。  まだ迷子の男の子は見つかっていない。  暗闇の外は眩しいほど光に満ちていて、たとえ小さな子どもがひとりでいても怖くはなさそうだった。  それでも、すれ違うひとたちが、親子だったら。  子どもの手を引いて、お母さんやお父さんが「次はマンボウがいるよ」ってにこにこしながら話しかけているのを見たら。  きっと、寂しいでしょう……?  水族館は、近海、深海、サメ、マンボウ、淡水の順でコースが組まれている。しっかりと道順が決まっていて、ほぼ一本道。淡水コーナーを見終えたら、また出入り口の近くに戻ってくる仕様だ。途中でイルカショーの会場やペンギンがいる屋外に出たとしても、入り組んだ場所なんていうのはほとんどない。  はず、なのに。  もう、何周しただろう。もう何度、クラゲが落ちていくのを見た?  いったん出口まで戻ってみても、紺色の制帽をかぶったスタッフさんは横に首を振るばかり。 「少しお座りになられてはいかがでしょう? 顔色があまりよくないようですよ」  ごめんなさいね、まだなんの連絡もないんです。と本当に申し訳なさそうに言って、スタッフさんはカウンターの横にパイプ椅子を出してくれた。
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