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「それで泉さんが言うには、来週の日曜日、篤志さんが夢乃さんと一緒に、泉さんを迎えに来る事になったそうよ」
「そうなんだ。泉さんを東京まで迎えに……、って香織さん、ちょっと待って! 今『篤志さんが夢乃さんと一緒に』って言った!?」
「ええ、言ったわよ?」
先程以上の大声を上げて幸恵は叫んでしまい、それを聞いた綾乃と和臣は無言で目を丸くし、君島ははっきりと顔に怒りの表情を浮かべて立ち上がった。それに気付かないまま、幸恵がまくしたてる。
「だって夢乃さんは、まだ入院中の筈なんだけど!?」
「それが……、何とか外泊許可を取って、君島さんに内緒で来る事にしたらしいの。『嫁がお世話になったお礼を言う方々、お仏壇に線香を立てる事にした』とかなんとか、篤志さんが泉さんに説明したらしいの。だから泉さんが先に帰ったりしたら、夢乃さんがまた実家に行く気を無くすかもしれないから、そこで大人しく待ってろって言ったとか」
そこで肩を軽く叩かれた幸恵は、背後を振り返って思わず固まった。すっかり存在を忘れていた君島が、そこで眼光鋭く自分を見つめているのに気が付いた為である。その為、幸恵は君島に視線を合わせたまま、声を絞り出して香織に謝罪した。
「その……、ごめんなさい、香織さん」
「何? 急に変な声で」
「実は今ここに、君島さんが居るの。思わず大声出して聞かれちゃって……」
その告白に、香織は溜め息と苦笑いで応えた。
「不可抗力ね。怒られるから内密にしておいて下さいとは言われたんだけど……。君島さんに代わって貰える? 私の方からきちんと説明するから」
「お願いします」
そして兄嫁には申し訳ないと思いつつも、君島の迫力に恐れをなした幸恵は、恐る恐る相手にスマホを差し出した。
「あの……、香織さんから説明したいので、君島さんに代わって欲しいと言われたんですが……」
「お借りします」
そしてニコリともせずにそれを受け取った君島が、「もしもし、君島ですが……」と硬い表情で話し出すと同時に、幸恵はゆっくりとその場を離脱し、自分の席へと戻った。そして若干冷めてしまったボタージュを平らげ始める。
そんな彼女の様子を既に飲み終えていた君島家の兄妹は微妙な表情で黙って眺めていたが、ちょうど幸恵が飲み終えたところで、通話を終わらせた君島がテーブルへと戻って来た。
「幸恵さん、ありがとうございました」
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