第16章

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 見舞ってから二週間経たないうちの再会で、その時に話していた通り頚椎用のコルセットは外されていたものの、車椅子に乗っての登場に綾乃は動揺したが、夢乃は座ったまま平然と娘に言い聞かせる。 「綾乃、余所様の家で、大きな声を上げたりしないの」 「だって!」 「車椅子は念の為、移動時に使う様に言われただけよ。でも空港内の移動ならともかく、表に停めた車からここまでの移動に使うなんて、ちょっと馬鹿馬鹿しいと思うんだけど?」  なおも不安げな顔をする綾乃を宥めながら、夢乃は自分に付き添っている人物達に不満めいた口調で訴えたが、それはあっさりと切り返された。 「奥様、申し訳ありませんが、君島先生の指示ですので」 「富樫先生からも、できるだけ身体に負担をかけない様にと、念を押されていますから」 「……分かりました」  確かに十メートルに満たない距離である為、幸恵も(少し大袈裟かも)と思わないでもなかったが、夫と主治医の指示を無視する事は出来なかったらしい夢乃は不承不承頷いた。しかしすぐに気持ちを切り替えたらしく、付き添い役の女性に支えて貰いつつ車椅子から降りながら、懐かしそうに目を細める。 「でも暫くぶりに車椅子に乗って、昔を思い出したわ」 「昔? お袋は車椅子なんか使うのは初めてだろう?」  遅れて玄関に現れた和臣が不思議そうに尋ねると、夢乃が笑いながら説明する。 「大学時代、バリアフリー推進研究会に所属していて、時々車椅子に乗って街中での移動を検証したりしてたのよ」 「ああ、そういえばそんな事を言ってたっけ」 「そこで君島さんと出会って、口説かれたんだよな?」  和臣が思い出しながら相槌を打ったところで、健が茶化す様に口を挟んできた為、夢乃は軽く睨み返した。 「あら、兄さん。あの人も熱心に活動してたわよ? 今でも時間が有る時は、選挙区内の改善要望があった場所を見回ったりしてるし」 「そうか?」  苦笑しながら二人が久方ぶりの再会を果たしたところで、信子が明るく促してくる。 「とにかく上がって、夢乃さん。付き添いの方もご苦労様です。今お茶をお出ししますので、どうぞご遠慮なく」 「それでは失礼します」  そして夢乃達が玄関の中に入った後ろで、運転手が車椅子を畳むのを手伝ってから、篤志がゆっくりと玄関内に足を踏み入れた。すると上がり込んだ夢乃達と入れ替わりに前に出た泉が、笑顔で彼を出迎える。
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