第2章

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「おう、飲め飲め。俺も幸恵に酌なんかして貰った事なんか無いぞ? この果報者!」 「なんだか新婚生活の先取りみたいね?」  無責任に煽る様な台詞を口にする兄夫婦に、幸恵の顔が一瞬微妙に歪んだが、何とか気合いを入れて笑顔を保つ。 (皆好き放題言って……。まあ、良いわ。こいつを酔い潰すのが目的なんだから。不愉快な言動も取り敢えず我慢よ、幸恵)  そう自分自身に言い聞かせていると、和臣が機嫌良く声をかけてきた。 「幸恵さん、そろそろビールを止めて日本酒を貰って良いかな?」 「そうね。はい、どうぞ。……でもお酒だけじゃなくて、ちゃんと食べないと駄目よ?」 「ありがとう。頂くよ」  今度は和臣の杯にお銚子でお酌する合間に、まめまめしく料理を大皿から小皿に取り分けたり、小鉢を和臣の前に置いて勧めるのを見た家族は、(やっぱり新婚っぽい)と思ったが、下手に口を挟むと幸恵が激怒する為、幸恵に気付かれない様に互いの顔を見合わせて苦笑いしていたのだった。  そしてダラダラと続いた宴会も終わり、後片付けを済ませて各自の部屋に引き上げた時には零時を回って新年を迎えていたが、幸恵はこそこそと自室を抜け出し、静まり返った廊下を足音を立てずに進みながら、新年早々するにはあまり相応しく無い事を実行しようとしていた。 (さて、皆寝たわね。さっさと済ませちゃおう)  そして予め母親の裁縫箱から無断拝借しておいたそれを手に、足音を忍ばせて客間に近付いていく。 (この前も爆睡してたし、あれだけ飲ませたんだから起きないわよね。楽勝楽勝)  半ば余裕で静かに客間の襖を開け室内の様子を窺っ幸恵だったが、予想通り眠り続けている和臣に胸を撫で下ろした。それでも慎重に近づいて掛け布団をめくり上げ、持参したメジャーの端を摘んで引っ張り出し、前屈みになって両手を軽く伸ばしながら和臣の顔を見下ろす。  しかしここで予想外の事が起こった。 「えっ? きゃあぁっ!!」 「いらっしゃい、幸恵さん。こんばんは、かな? それとも年が明けて初めての挨拶だから、やっぱりあけましておめでとうかな?」  いきなり目を開けた和臣に驚く間もなく、腕を伸ばした和臣に背中と腰を勢い良く引き寄せられ、幸恵は彼の身体の上に倒れ込んだ。慌てて起き上がろうとしても和臣にがっしりと腰を押さえられてしまい、傍目には寝ながら抱き合っている体勢になる。
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