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若干面白そうに笑いながら尋ねてきた和臣を軽く睨んだ幸恵は、ここで今回の騒動の元になった夫婦の事を思い出した。
「ねえ、和臣」
「何?」
「私、泉さんの様に、何でも『はいはい、畏まりました』って、笑って了承したりしないわよ? 寧ろ自己主張するのが当然的な職場で仕事をしてるし」
真剣にそう幸恵は訴えたが、和臣は目をぱちくりさせて事も無げに言い返した。
「いきなり何を言い出すんだ? そんな事は、前から分かってるが。幸恵が俺の言いなりになったら気味が悪いし、病気になったかと心配になる」
「……本当の事とは言え、はっきり言われるとムカつくわね」
さすがに顔を引き攣らせた幸恵だったが、すぐ隣に座った和臣は、余裕の笑みでお茶を飲みながら話を続けた。
「兄貴と義姉さんはあれで上手くいってるが、俺達は俺達のやり方で良いだろう? 現に兄貴達だって、偶には意見の相違も有る」
「まあ、それはそうよね……。それで今回の騒ぎになったわけだし」
思わず肩を竦めた幸恵に対し、和臣は小さく笑った。
「そんなに心配しなくても。結婚して何十年も一緒に暮らしていれば、自然に阿吽の呼吸になるさ」
その微妙に裏が有りそうな笑顔に、幸恵が思わず疑わしそうに問い返す。
「……自然に? 『丸め込む』の間違いじゃなくて?」
「とんでもない。俺は幸恵の意見を、できうる限り尊重しているつもりだが?」
「どうだか」
素っ気なく口にした幸恵だったが、(丸め込まれても良いかなって、思った段階でもう手遅れよね)などと考えながら、その顔に笑みを浮かべていた。
当然和臣もその内心は手に取る様に分かっていたらしく、嬉々として幸恵の目の前に新居候補の物件情報を並べつつ、今後の二人の生活についての提案を繰り出しては、幸恵と活発に議論するのを楽しんでいたのだった。
(完)
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