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「……幸恵さん、急に黙ってどうかしたかな? 俺って、そんなに見惚れる程良い男?」
そのどこか照れくさそうな表情に、幸恵は何となく恥ずかしさを覚えて狼狽しながら言い返した。
「ばっ、馬鹿言ってんじゃ無いわよ!? 本当にあんたの実家に帰らなくて良いのかって、考えてただけだから!」
「それは、ちゃんと実家には話をして、了解は貰ってるから大丈夫だよ」
「それなら良いんだけど」
(私的にはあまり良くないけど……。そんな事より、実家と言えば!)
そこで話を終わらせて前を向いた幸恵だったが、ここで重大な事を思い出し、慌てて再度和臣の方に向き直った。
「ちょっと! お願いだから、実家で例の話をしないでよ!?」
「例の話って?」
きょとんとした顔になった和臣に、幸恵は和臣の腕を掴みながら訴える。
「この前の誘拐事件の事! 無事解決したし、変に心配かけたくなかったから、実家の方には話して無いの。係長に確認したら、会社の方でも実家に連絡はしていなかったし」
それを聞いた和臣は、些か気まずそうに頷いて請け負った。
「……ああ、そうだね。分かった。俺としても自分のせいで、幸恵さんを危険な目に合わせたなんて事を伯父さん達に知られたくは無いしね。黙っているよ」
「よろしく」
(はぁ……、疲れるし、落ち着かないわね)
そして再度椅子に座り直した幸恵だったが、横から「はぁ……」と溜め息を吐いた気配が伝わってきた為、思わず顔を向けた。
「何? 疲れてるの? そう言えば二日間連絡が無かったし、休みじゃ無くて忙しく仕事してたとか?」
「確かに休日返上で仕事をしてたのは確かだけど……、嬉しいな。連絡が無かったから、気にしてくれていたとか?」
そう言って嬉しそうに表情を緩めた和臣に、幸恵はムキになって言い返した。
「そっ、そんなんじゃないわよ! 一応社会人として、ちょっと心配してあげただけじゃない。自惚れないでくれる!?」
「そんなに力一杯否定しなくても。傷付くな……」
「それはっ……」
片手で口元を覆って悲しげに呟いた和臣に、咄嗟に次の言葉が出ずに幸恵が口ごもる。しかし彼女の困惑顔を見て、和臣はすぐにいつも通りの飄々とした笑顔になった。
「冗談だよ。それにさっき溜め息を吐いたのは、疲れからじゃなくてちょっと緊張してるからだし」
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