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犬塚さんが再びロビーに来たのは30分程待った頃だった。
その後彼に連れられ、会社近くのカフェに入る。
「いらっしゃいませー。お客様、お一人様でしょうか?」
犬塚さんは背が高く、対して私は背が低い。
私は彼の後ろにすっぽり隠れてしまっていた。
「いや、二人用のテーブル席でお願いします」
「かしこまりました。どうぞ、お好きな席にお座りください」
犬塚さんについていき、店内の奥にあるテーブル席に座った。
席に着くと「何飲む?」と犬塚さんに聞かれ、アイスコーヒーを注文してもらう。
彼はウーロン茶を注文していた。
「さて、早速だけど、君はどうしてうちの会社を受けたんだい?」
「それは、誰かを助ける仕事がしたくて、それで御社の事業内容が、その……」
「この場で建前はいいよ。本音を教えてくれないか?」
「…………理由なんかないです。ただ何となく受けました。すみません……」
「そっか……」
犬塚さんは優しく微笑んだ。
そしてその表情の中で、どこか哀しげな雰囲気も漂わせていた。
「“誰かを助ける仕事がしたい”というのも、適当につくった言葉なのか?」
「いえ、その言葉は本心です! でも、誰をどう救いたいのか、そもそも何でそう思ったのか自分でもわからないんです……」
「そうか、それは本心なんだな……」
そう言うと犬塚さんはテーブルへ視線を落とし、黙ってしまった。
その場が重い空気になる。
たまらず私の方から切り出した。
「あの、何でわざわざ帰ろうとした私を引きとめたんですか? 私にどうしても伝えたいことって何ですか?」
犬塚さんは、はっきりとした口調で言った。
「香月さん。君は、現実を見なければいけない」
「……それは、どういう意味ですか?」
「“誰かを助ける仕事がしたい”という君の想いは素晴らしい。でも、実際に君は誰を救うことができるんだ? 君はまだ現実を見られていない」
私は犬塚さんの言葉に、がっかりした。
わざわざ引き止められて、丁寧に私の話を聞いてくれた面接官のアドバイスは誰もが言いそうな至極当たり前の内容だった。
「……私が現実を見られていないのは自分でも十分わかってます! 社会人経験のない私でも人を助けられるような職業をちゃんと考えろとかそういうことですよね? そんな説教を聞きたくて今日付き合ったわけじゃないです」
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