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「違う。そういう意味じゃない。君は君の現実を何一つ見られていないんだよ」
犬塚さんの表情がより一層哀しくなる。
彼が何を言っているのか、私には意味が分からなかった。
再び重い空気がテーブルに流れかけたとき、タイミングが良いのか悪いのか若い女性の店員がドリンクを運んできた。
「お待たせいたしました。ウーロン茶とアイスコーヒーです」
「ウーロン茶は僕です」
「……かしこまりました。アイスコーヒーは……?」
「私です」
手を軽く上げてその店員に伝えたが、店員はこちらを見向きもしなかった。
「あの! アイスコーヒーは私です!」
聞こえなかったのかと思い少し大きめの声で言ったが、その店員は変わらず無視を続けた。
「……アイスコーヒーも、こちらに置いておきますね」
店員はそう言うと、怪訝な表情を浮かべながらテーブルから立ち去って行った。
犬塚さんは重々しく口を開く。
「……これで分かったか? ……現実から目を背けてはいけない」
「いや、だからさっきから言ってる意味が……」
「君もとっくに気付いているはずだ。君はもうこの世に存在していない」
……この人は一体何を言っているのだろう。
「この世に存在してない? もう死んでるって言いたいの?」
「そうだ」
「……さっきから言ってる意味がわかりません。私そういうスピリチュアル的な話には興味ないので」
私は荷物をまとめて、帰る準備を始める。
「本当に僕の言っている意味が分からないというなら、店員を呼んでみるんだ。店員をこのテーブルに呼んでこられたら、もう帰ってもらっていい」
「……わかりました。すみませーん! 注文お願いしまーす!」
かなり大きな声で店員を呼ぶが、誰一人として反応はなかった。
さっきテーブルに来た女性の店員が近くを通ったので、私は席を立って近づいた。
「あの、すみません! 注文いいですか?」
店員は表情一つ変えずにそのまま歩いていく。
私は懸命に呼び止める。
「あの、注文をお願いします……。注文お願いします……! 何で……? 何で聞いてくれないの……?」
私は床に崩れ落ちた。
ひどく混乱し、涙が頬から滴り落ちる。
滴り落ちた涙は床に触れる前に、霧のように消えていってしまった。
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