99人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
***
「少しは落ち着いた?」
「……私はいつ、……死んだんですか?」
自分がすでにこの世にいないことを理解してから1時間ほど経っただろうか、私は受け入れがたい哀しみから泣き続けていた。
大声で泣いても、店内で誰も困らない。
私の姿も声も、犬塚さんの他には誰にも見えないし聞こえないのだから。
「君が亡くなったのは3か月程前だよ。交通事故が原因だ。僕もニュースで見た情報でしかないけど、飲酒運転をしていた車に轢かれてしまったらしい」
「交通事故……。飲酒運転……」
「残念なことに、この交通事故にはもう一人犠牲者がいるんだ。まだ7歳の男の子。現場の状況からして、おそらく君はその子を助けようとして巻き添えになったんじゃないか、と言われている」
そうだったのか……。
言われてみると、微かに、小さな男の子のもとへ駆け寄った場面が脳裏に浮かんだ。
「はい……。確かに私は男の子を助けようとしたんだと思います。でも、助けられなかった……」
「……だからじゃないかな。君がさっき言ってくれた“誰かを助ける仕事がしたい”というのは、亡くなってしまう直前の“その子を助けられなかった”という強い想いの裏返しなんだ。その想いの強さが、君自身をまだ現世にとどめている」
「そんなことって……」
自分がもう既に死んでいるという事実を、まだ完全には信じ切れていなかった。
それでも、犬塚さんとの会話で思い出してしまった、男の子のことや車に轢かれた瞬間の記憶がその事実を裏付けていた。
つまり今の私は、幽霊なのだ。
「僕は子供の頃から、この世のものではない存在を見ることができるんだ。君のように、亡くなる瞬間に強い想いを持ったことが原因で現世にまだとどまっているケースは何度か見たことがある」
「……でも、私はその想いを果たすことはできない。……こんな状態の私に誰かを助けることはできない」
私は人に触れることも、声をかけることもできないのだから。
私はこのまま、成仏もできずにこの世を彷徨い続けるのだろうか……?
「いや、今の君だからこそ救える人がいる」
顔を上げると、犬塚さんは真っすぐ私の瞳を見て、そして力強く言った。
「僕の友人を救ってほしい。君が助けようとした男の子の母親だ」
最初のコメントを投稿しよう!