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私の言葉に被せるように出た彼女の言葉は、別れの挨拶ではなく感謝の言葉だった。
そして、彼女の口からその言葉が放たれたと同時に、彼女はフェンスから手を離していた。
ドラマやアニメでは、決定的な瞬間がスローモーションで描かれる。それはただの演出だと思っていたが、違っていた。
彼女がフェンスから手を離す瞬間。彼女が背中から宙に浮く瞬間。無心でほたるに向かって駆け出す右足と左足。
誰かが時の歩みを緩めたのかと思うくらいにゆっくりで、でもだからといって、私の身体が彼女に届くわけではない。
強い風の音も、かじかんだ手の感触も、胸の鼓動も、息をすることも、何もかもが止まったように感じた。
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