怪談DJ『残 留 物』

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何が挟まっているのだろうと隙間を覗き込んだ私は、そこにあり得ないモノを目撃して硬直した。灰色をしたブヨブヨした『手』がガッチリとドアを掴んでいるのだ。大人のものとも子供のものとも分からないその手は、五指の爪がボロボロになり、あちこちに瘡蓋が出来ている。 なんだ、これは? 思考停止してしまった私の目は、冷蔵庫の内部からじっとこちらを見つめる縦に並んだ黄色い2つの目にぶつかった。視線がかち合ったのはほんの一瞬だったが、ドロリと黄色く濁った白目と幼児がボールペンで塗り潰したような開き切った瞳孔が脳に焼き付いた。 実際には1、2秒の出来事だったのかもしれない。だが私には時間が何倍にも何十倍にも引き伸ばされてしまったような気がした。掴んだままになっていたティッシュ越し、私の手にドアを開こうとする力が伝わった。 出てこようとしている! そう理解した私は手を離すと同時に力一杯にドアを蹴りつけていた。何度もドアを蹴りつけ、食い縛った歯の隙間からは知らず「イイイィィィ!」と意味をなさない叫びのような、呻きのような声を発していた。 あまりにも異様な事態に、お向かいの棟の住人が顔を出し、狂ったように冷蔵庫のドアを蹴飛ばし続ける私を羽交い締めにしてそこから引き剥がした。後で聞いた話だが、完全にイッてしまった目をした私はガタガタと震えながら、必死で両手をこすりあわせていたらしい。まるで落ちない汚れを皮膚ごとこそげ落とすような勢いだったと言う。 私を落ち着かせようとしている住人の目の前で、冷蔵庫のドアが「パックン」という独特の音を立てて開いた……。 これ以上は我慢がならないと、出せる人だけでもお金を出し合って冷蔵庫を処分してもらおうという話が出た次の日。 定位置のようにそこに居座り続けた冷蔵庫は、こつ然と姿を消した。 誰かが業者を頼んだわけでも、管理会社が処分したわけでもなく、いつの間にか勝手に姿を消してしまったのだ。そう、現れた時と同じように。 何の目的で、誰がそこに置き、中に何が入っていたのか……? 何1つ分からないままだったが、とにかく駐車場から冷蔵庫が消えた事にアパートの住民全てが安堵した。聞けば、ほとんどの住人があの冷蔵庫に言いようのない嫌悪感を持っていたそうだ。 「これで一安心ね」 「本当に、アレがなくなってホッとしたわよ」
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