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「あー、アラシくんのシックスパックさいこーーう……はぁ……」  腹に舌を這わせる男の頭に、やさしく手を置いた。自分よりかなり体格がいいが、甘えるようにすり寄ってくる様は、まるで子供のようだ。  くすぐったくてたまらないけれど、我慢我慢。身体をよじってわざと息を荒らげる。  そう――煽られて、もう堪らないというように。  こういうのはいかにもの演技じゃ萎える。だから控えめに。だけどそれを抑えられないっていうフリが絶妙だと、以前店長から言われたことがある。  お客様相手のあしらいはうまい方だと思う。おかげさまで、店のナンバーワンを半年以上はっていて、ワリのいい貸し切りのお客様相手がほとんど。ビデオにも三本出演して、そのうち一本はオンリー作品で売り上げも上々だ。 「もう我慢できないよ。挿れていい?」  のしかかられていた体勢を替えて、手首をわざと強めに掴み、男を組み敷く。真顔でぐっと見下ろすと、はあっと劣情のため息が男から漏れた。 「うん、挿れて……挿れてっ!」 「ふっ……かーわいっ……じゃあ、いくよ」 「ああっ!」  嬌声をあげて仰け反る男の喉元を、冷静にみつめた。これは仕事だから、相手を最大限満足させるのが大切だ。不思議なもので、まったく好みじゃない、食指が動かないタイプでもちゃんと勃起はする。女性より、男性が好きなゲイよりのバイとはいえ、我ながら高いプロ意識だと思う。  ――俺はこれで食っている。金が手に入るなら、我慢も努力も必要だよな。  思春期を過ぎたあたりから、ずっとこうやって生きてきた。他の生き方なんて知らないし、知りたくもない。
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