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本日の予定が終わり、ふうと嵐史は息を吐いた。
近頃貸し切りばかり、相手のお客様も見知った顔が多い比較的ぬるい日々を過ごしていたから、神経も体力もフルに使う店でのプレイを数件こなすと、さすがに少し疲れていた。
「アラシ、ちょっと変わった一見さんがいるんだけどさ。お前ご指名の」
シャワーを浴びて煙草に火をつけると、店長がやってくる。この人も元は店のボーイをしていて、嵐史の先輩だった人だ。
「変わった人……ですか?」
「そう、店のシステムは重々承知なんですが、貸切は無理ですか? って。もちろん貸切に関しては無理だって言ったけど」
店長がどう処理しようとしているか迷うのは、わからないでもない。いわゆる変態性の強い客やマナーの悪い客は、はじめはそういった片鱗を見せない奴がほとんどだからだ。
むしろ初見からあれっと思わせる言動がある方がめずらしいかもしれない。
「まあ、とりあえず貸切できないって言ったら黙り込んじゃって、この世の終わりみたいな声を出して……またかけますって言って、切れちゃった。電話」
「そうですか」
別にお客様なんて誰でも同じだ。嵐史にとっては札束でしかない。殺されるようなひどい目にあったりしなければ、どうでもいい。
数日後その変わった客という男が来店した。もちろん嵐史を指名して。
「はじめまして。ご指名、ありがとうございます。アラシです」
「……はい。に、新田智徳と申します」
「とものり、さんね。よろしくお願いします」
緊張しているのだろう、気の毒なほど声が上ずっている。嵐史は威圧的にならないよう、はにかむようににこっと笑い、智徳の顔を覗き込んだ。
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