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「いつも貸切って結構大変じゃないですか?」  それからも智徳は心配になってしまうくらいマメに予約を入れてくれて、大抵は外での貸切が主だった。サラリーマンである智徳は週末に予約を入れてくる。  以前から嵐史についている太客でも、ここまで頻繁に貸し切ってくれる人はいなかった。 「僕は趣味もありませんし、地味に暮らしてます。真面目に働いていますので、貯金が沢山ありますから大丈夫ですよ」 「わっ、智徳さんでもそんな軽口叩くんだ……意外です」  デートの内容は枯れている、と思わなくもない。大抵は待ち合わせをして寺社巡り、疲れたら美味しいものを食べて、セックスは二回に一回くらい。この頃はそれも智徳の望みであるならと、しない理由を問うこともしなくなった。  店の後輩に話したらまるで老夫婦のようだと笑われた。だが、そんな智徳がネコではなく、挿れている方だと知ったら、嵐史に憧れすら抱いているこの後輩はどんな顔をするのだろう。  いまだプロフィールは書き換えていないし、ネコ役をやるつもりもない嵐史は智徳に口止めをして店には内緒でそれを続けていた。  智徳は見た目同様に真面目で穏やか、嵐史の周りには今までいなかったタイプだ。だが貸切りをされて長い時間一緒にいるのはまったく苦にならなかった。  それに、智徳とのセックスは、意外にもとてもいい。  嵐史と店でしたのがなにもかも初めてだと言っていたが、本来の真面目な気質は行為の研究も余念がないらしく、そのテクニックは日に日に上達していた。  おそらく、どうしたら相手が一番心地がいいかをいつも念頭に置いているのだろう。自分の快楽よりも相手である嵐史が優先。  もちろん嵐史だって大切な上客相手だから手を抜いていないが、そういったものと、智徳の気質みたいなものは全然違うのだと思う。  穏やかで楽しい時間はまるでデートのようで、不意に仕事であることを忘れてしまう瞬間がある。ある時は時間終了の別れ際、小さな土鈴を差し出された。
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