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結局その日はとりとめもない会話だけで終わった。智徳は本当に嵐史には指一本も触れずに、店をあとにした。
それから智徳は週一回のペースで店に訪れるようになった。
「本当に話だけでいーの?」
「はいっ」
「でも、せっかく来たんだからキスでもしてみる?」
「キキ、キ……キス、ですかっ?」
「うん」
「本当に、いいのでしょうか?」
「俺がいいって言ってんだからいーじゃん」
智徳はしばらくうつむいていたが、やがてメガネをはずして、嵐史に向き直った。
「それでは、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げられる。数回会ううちに、なんだか智徳の一挙一動がいちいちツボに入るようになってしまい、面白くてたまらない。
だがよくよく見ると緊張の面持ちのその顔は、とても整っている。野暮ったい髪型をしているからあまり目立たないがすっきりとした目元がきれいだ。
嵐史は智徳の手からメガネをそっと取り、顔を近づけた。ちゅっと唇が触れると、息を呑む気配がする。
「アラシさんから、キスしてもらえるなんて。あああ、あ、りがとうございます……」
真っ赤になった智徳に、何度も何度もお礼を言われる。そんな無垢に喜ばれると、有り難がられる程の価値もないのになあと思ってしまう。
「キスって、こんなに幸せな気持ちになるんですね」
「そう?」
こんな風に心から感激されて、悪い気分のわけがない。
二回目の来店はキスをして、今日は三回目の来店。嵐史は自分に触れるよう智徳を促してみたが、やはり及び腰になっている。
「触らないの? 俺の腹筋、みんな触りたがるよ」
「いやっ、そんなっ、おそれ多いです……」
「じゃあ俺が、智徳さんに触っていい?」
「えっ……?」
まったく予期していなかったように智徳が驚いている。
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