第一の手紙

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 そういうふうにして、二度とは巡ってこない今日という一日を送っていっていいのかどうか、悩むこともよくあります。でも、それならばどこでどのような一日を送れば本当に悔いのない一日になるのか、私にはわかりません。この塀の外の生活がそんなに有意義で、充実していて、生きるに値するものであるとは、どうしても思えないのです。  そして、そんなことを考えても考えなくても、太陽は西の空に沈んで夜になり、翌日にはまた同じような朝が来ます。その朝は、その前の日とは絶対に違うもので、それを迎える私も、昨日の私と同じではありえないのですが、そう考えていると辛くなるので、また同じように散歩をします。  つまらないことばかり書いてごめんなさい。  でも、私は、自分の本当の心を誰かに伝えたくて、このところ少し焦っていたような気がします。かといって、ここの先生や、同じようにここで暮らしている人に、このような話をする気にはなれませんでした。でも、どこの誰かわからないあなたに向かってなら、素直に自分の思っていることを言えそうな気がしたのです。そして、あなたにとっても、そのまま忘れていただければご迷惑にはならないと思って、とりとめのない手紙を書きました。  もちろん、破り捨ててくださって結構です。お返事もいりません。  ただ、この世の中にたった一人、私のつたない手紙を読んで下さる人がいる、ということだけでいいのです。でも、また次の手紙を書くことはお許しください。それでは、また………     かしこ       ×  ×  ×  僕は、読み終わると、何か本当に、梅雨のしとしとと降る雨の中で紫陽花の青い花に出会ったような気持ちになって、その手紙を丁寧にたたみ、読み掛けの本に挟んだ。  それにしても、丁寧な美しい字でこんな手紙を書く彼女が、どうしたわけで半年もあの病院に入っているのか、もっといろいろとサチコという女のことを知りたいと思った。
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