第二の手紙

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 ただ、私は、やっと仕事がおもしろくなりかけてきたところで、まだ本当の仕事ができるのはこれからだ、と思っていましたし、彼も、普通の家庭を持って小市民的な幸福を求めるのはごめんだなどと言っていましたから、すぐに結婚を考えたわけではありませんでした。でも、二人で会って一緒にいる時間、同じテーマを巡ってお互いの考えを言葉にしてやり取りしている時間というのは、なにものにも代え難い充実感のようなものを与えてくれていましたし、彼も同じ考えであることがわかったので、普通の、そう、私が会社を辞めて家庭に入り主婦をして子供も産んで、というのではなく、お互いの仕事や趣味や人間関係はそのまま尊重し、対等なパートナーシップを保ちながら、二人の時間をより多く取るために共同生活する、そういうような形の結婚ができないかどうか、そんなことを二人で考え始めました。  そんな毎日が三か月程続いたある日、彼は、いつもと違う調子で、話があるから時間をつくってくれ、と言ってきました。そうして聞かされた話は、会社の重役の薦めでその娘さんと結婚をすることにしたから私との付き合いはここまでにしたい、というものでした。  そのこと自体はよくある話かもしれませんし、私のほうでも、なんとなく、彼とは最終的にはうまくいかないのではないか、といった予感のようなものがありましたので、自分でも意外なくらいに驚きはしませんでした。そして、どんな形であれ、結婚をするということにもまだ漠然とした抵抗のようなものがあったので、それはそれとして受け止めて、またもとの生活に戻るつもりでいました。正直なところ、ほっとした気持ちすらありました。  ただ、彼が決めた結婚は、それまで何度となく私に語ってきた彼の理想、生き方とはまったく違うものだったので、人の気持ちというか考え方というのはそんなにも簡単に変わってしまうのか、それだったら、一体何を信じて生きていけばいいのか、という疑問が残りました。そして、今まで二人の間に交わされてきた会話はまったくの虚構であったのか、それによってあるときは勇気づけられ、あるときはつまらない悩みを発散させ、あるときは自分の考えを理解してくれる人がいることを知って喜びを感じてきた、そのように生きて来た私はなんだったのだろう、と思いました。
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