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ローカル電車を降りて小さな駅を出ると、一本の道が真っ直ぐに延びていた。
振り向くと、いま乗ってきた三両編成の列車がゆっくりと遠ざかっていき、その音が聞こえなくなるとあたりは時がとまったかのように静かになった。
梅雨の晴れ間の眩しい陽射しの中、人通りのまったくない駅前の道ををゆっくり歩いていくと、商店も住宅もやがて消え、細い道の両側には田植えが終わったばかりの水田が見えてきた。水を張った田は遠くの山を映し、その手前は空と雲を映し、雲の流れと共に動いて行く。揺らめくような線に沿って植えられた弱々しいばかりの苗がなければ、その足元から広がっている空に吸い込まれていきそうだ。
思えば、こんな風景は、子供の頃にはもっと沢山、それこそどこにでもあった。そして、見渡す限りの水田に、山や森がその輪郭を完全な形で映し、空が二倍に広がったような気がしたものだ。
今は、こんなに町から離れたところにも家が幾つか建ち、水田の間にはとうもろこしやナスの畑や、麦畑、そして休耕田があって、その分、もう一つの空は継ぎはぎだらけになっている。麦畑には、みごとに育った麦が茶色い穂を空に向けて並んでいて、そこにだけ秋がきているようだった。
しばらく歩いていくと、道のだいぶ先のほうに、木々が固まっているところが見えてきた。ひときわ高い木はヒマラヤ杉だろうか、田園地帯の真ん中にそれは鬱蒼として茂り、そこだけは何か普通とは違う、聖域のような雰囲気を漂わせていた。
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