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そこが、今日僕が行こうとしている病院であることはすぐに分かった。
近付いてみると、それはかなり広い敷地で、頑丈そうな塀と樹齢を経た木々に囲まれたその奥の方は、しんと静まりかえっていて、回りの田園風景とは明らかに違う空気が流れているようだった。
僕は、塀に沿ってぐるりと回ると、××病院とだけ書かれた簡素な門を通って建物のほうに向かった。それは、正面から見える範囲はすべて平屋で、灰色のコンクリートがむき出しになっていて、何の装飾も、人目をひくようなものもなく、そこにあった。
受付けを済ませると、薄暗い廊下に置かれた粗末な長椅子に座った。黒い合成樹脂が鋲で止められている、固い椅子だった。
いままでに何人の人々がどのような思いを抱えてここに座ってきたことだろう。その椅子は長い年月の間に染み込んだほこりと、体温と、絶望感と、そしてほんの少しの希望で、爬虫類の肌のような生暖かい湿り気を感じさせた。僕は、そこにじっと座り、その椅子から発せられるそうしたものが、徐々に僕の体内に入ってきて血管に沿って流れだし、僕のからだの一部になっていくのを感じながら、埃っぽい廊下を見つめていた。
その廊下は、僕のいるところから左右に一直線に伸びていて、蛍光灯の光が床に落ちて鈍く光るリズムに合わせて、艶を失ったドアの取っ手が続いていた。それは、遠い昔、忘れ物かなにかをして、放課後もう生徒のいなくなってしまった学校の職員室の前で教師が出てくるのを待っているような光景を思い起こさせた。
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