プロローグ、出会い

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 僕は、大きく開いて頭の上に挙げた両手を一瞬どうしようかと迷い、ぎこちなく腰のあたりまでおろしてようやくポケットに収め、何とかそれらしい格好を取り戻すと、その少女はこちらに向かって軽く会釈をした。  ここの入院患者だろうか、もちろん、知り合いでも何でもないのだが、こういうところでは視線が合ってしまうと一応は挨拶をするものなのだろうか。  仕方がないので、とりあえず僕も小さく会釈をして、さてどうしたものか、待合室に戻るのも気が進まないが、このままここにいては迷惑だろうか、と思っていると、その少女はゆっくり近付いてきて、 「外来の方ですか?」 と尋ねた。そうだ、と答えると、 「もしご迷惑でなければ、少しお話ししてもいいでしょうか」 と言った。静かな、しかし、はっきりとした意思の込められた声だった。  たぶん、ここに長いこと入院しているから、普段あまり話し相手もいなくて声を掛けてきたのだろう。しかし、一体どんな話をすればいいのか、会話が成り立つのか、医師に見付かったら咎め立てされることなのではないかなどと思って、僕は返事ができないでいた。  が、彼女は、お願いします、とでもいうように僕を見上げている。ためらったが、断る理由もないし、待合室へ戻る気にもなれなかったので、 「順番が来るまでの時間ですけど、よかったら………」 というと、その少女はほっとした表情を浮かべて、中庭の端のほうにあるベンチのほうへ誘った。  そのベンチも、もう随分前からそこに在り続けているようで、ペンキは端の方を除いてほとんど剥げており、その代わり、すべらかな木の感触があたたかみを感じさせていた。  やや傾いたそのベンチに、少し離れて並んで座ると、目の前には雑草が混じった芝生が広がり、中庭の反対側の方へ細い道が曲がりながら延び、ところどころに人の背の高さほどの木が茂り、その先は平屋建ての建物が視界を区切り、そしてその向こうには大きいヒマラヤ杉や松の木が見え、その上には青い空が広がり、そして、白い雲が浮かんでいた。
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