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彼女の話すことはそれほど突飛なことではなかったのかもしれないけれど、それでもこんなことを淡々と語る彼女に僕は少なからずうろたえ、どう言葉を返していいのか途方に暮れた。僕は、例えば、そうしている間にあなたも何がしかの成長をしたはずではないか、とか、その花が咲いたということに感動している自分を発見できたじゃないか、などというようなことを言ってみようかと思ったが、そうしたことが彼女にどんな影響を与えるか予想もつかなかったので、じっと黙っていた。そんな僕の心の動きが見えているかのように、一呼吸おくと彼女はまた言葉を継いだ。
「その間、私はといえば、わずかの空間に寝起きし、わずかの物を食べ、この施設の多くの人に迷惑を掛け、そして、少しばかり年をとりました」
「………」
「そればかりではありません。その食べ物となる運命を背負うことになった生き物たちの命を奪い、環境を汚すことでやっと出来上がっているいろいろな物を使いながら、そうして私は『死』に一歩ずつ近づいていくのです」
「………」
「あなたは、やはり私は心が病んでいるとお思いですか? こんな風に考えるのはおかしいことでしょうか?」
そこまで話すと、初めてその女は僕のほうへ顔を向けて、僕の目を見つめた。大きな瞳だった。
僕は戸惑った。こんなふうに問い掛けられて、本当はなにか気の利いたことをいいたいところだったけれど、そんな台詞は咄嗟には思い浮かばなかった。
だが、これ以上沈黙を守り続けることはできなかった。なんだかよくわからないが、追い詰められたような気分だった。とにかく、なにかしゃべらなければいけないと思い、しかたなく、ごくありきたりのことを口にした。
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