その1

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ドンドン  壁が荒々しく、叩かれる。  多分、静かにしろって意味だと思う。  うっさい。黙ってろ。こっちは今、人生最大に危機だっていうのにそんなことに構ってられるか。    その軌道を追うようにして、あたしは必死に殺虫剤を噴射する。  白い霧が蛍光灯の光に照らされてキラキラと輝いている。  その時、疲れたのかゴキブリは羽を休めるように壁に止まった。  ――勝機ッッ  あたしはこの機会を見逃さない。  近くにあった新聞紙を丸めて、力一杯壁へ叩きつける。    ペタッ  ゴキブリはそのまま床に落ちる。そこへ追撃の殺虫剤を噴射する。  ――くそっ、あたしの顔を汚ねぇ足で踏みつけやがって許さねぇ。  怒りが優先してしまってかなりの量を吹きかけてしまう。そして完全に動きを止めたゴキブリに丸めた新聞紙を何度も叩きつける。  これが最後だった。  もうゴキブリは二度と飛び立つことはなかった。  あたしは、新聞紙の端っこで、ゴキブリをひっくり返してお腹のあたりをツンツンと突いた。それでも反応はない。完全に動きを止めたゴキブリの死骸を新聞紙ですくう。そのまま燃えるゴミの袋へと新聞紙ごと放り込んだ。  ――やった。ついにやった。  ドンドン  壁からは騒音に対する抗議に壁ドンが聞こえてくる。しかし、それすらも今のあたしには、祝福しているように聞こえる。 本当は小躍りしたくらいだったけど、大人しく胸をあたりで小さくガッツポーズをする。 そのまま、顔を洗うため速攻で洗面所に向かったのだった。                                    完
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