0人が本棚に入れています
本棚に追加
「死にさらせ! この虫けらが! あたしんちから出て行け~」
そう叫んで、武器――殺虫剤のボタンを押す。ノズルから白い霧が勢いよく悪魔――またの名をゴキブリに向けて放たれる。
そう。いくら悪魔に見えるとはいえ、奴は決して悪魔なんかじゃない。ゴキブリ。ただの害虫にしか過ぎないんだ。ようやく始めたばかりの一人暮らしを、こんな害虫に邪魔されてたまるか。
いきなり攻撃を受けてゴキブリは凄いスピードで、買ったばかりのピンクのカーペットの上を疾走する。ガサガサ走り回るその姿は、本当に気持ちが悪い。うう、折角買ったばかりなのに最悪だ。
しかし、そんなことであたしは怯まない。一定の距離を保ちつつ、ゴキブリに殺虫剤を噴射しつづける。鼻にいやな刺激臭がつんと鼻をついた。
死ね、死ね、死ねッ
心の中で呪詛のようにその言葉を繰り返す。
その時、
ゴキブリはピタリと動きを止めた。
――やったの? あたし、ついに悪魔を倒すことができた?
長年恐れていたゴキブリを倒せたことに思わず顔が綻ぶ。
早く死んだことを確認したくて、ティッシュを鷲掴みにして恐る恐るゴキブリに近づいていく。
でも、それはあたしを油断させるための狡猾な罠だった。
ブーン
近づいたあたしの耳元で嫌な音がした。
次の瞬間、あたしの視界が真っ黒に欠けて、同時に嫌な感触が、顔を襲う。
固くてチクチクして、そのくせ妙にぬるぬるしてる。
――え、何? この感触? 初めてのはずなのに凄く嫌な感じがする。
そして
カサカサ。カサカサ。カサカサ。
耳のすごく近い所で、嫌な音がする。
まさか……
あたしは恐る恐る顔へと手を伸ばす。
推測は立つ。だけど脳が理解することを拒絶している。
しかし、現実は残酷だ。
顔に触れる前に、硬い何かが手に当たった。
ガサガサガサ。
嫌な音はさっきよりも、勢いを増した。
間違いようもない。ゴキブリは今あたしのすぐ近くにいる。もっと言うと、今あたしの顔に貼りついている! あたしの顔に飛んで張り付いたのだ! ・・・・・・最悪だ。
「うぎゃぁぁぁああああ」
思わず変な叫び声が出る。
「ちょっと離れてよ」
盛大にヘッドバンキングをしながら、顔をかきむしる。
そんなあたしを嘲笑うようにして、ゴキブリは再び宙を舞う。
「この野郎。絶対許さない」
あたしは半ば混乱状態で、頭上に殺虫剤を振り回す。
最初のコメントを投稿しよう!