「心」ならず

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――エリザは研究施設の隅で、柵の向こう側にいる子猫に餌を与えていた。 先ほどそこを通った時、か細い声で鳴く子猫を見付け、走って自分の部屋まで戻り、自分のおやつを分けてあげたのだ。 自分の与えた食べ物に夢中になる子猫を見詰め、エリザは愛おしそうな微笑みを浮かべた。 「何をしている?」 博士の声に振り向いたエリザは、その厳しい表情の理由が分からなかった。 「子猫に餌を与えていました」 「君は、他の人間の迷惑という事を考えないのか?人間は社会的生物だ。社会と切り離して存在する事などありえない。よって、他の人間の都合を考えない行動は人間的とは言えない」 「私はただ……」 「分かるよ。子猫が可愛かったと言うのだろう?私にだってそういった感情はある」 博士がそう言いながら歩み寄る。 「しかし餌を与える事で猫がこの近くを徘徊する事になり、当然、排泄もこの近くでする事になる。猫の排泄物の臭いのきつさは、君にも嗅覚機能が付いているのだから分かるだろう?」 柵を叩いて大きな音を立て、子猫を追い払い更に続ける。 「しかも餌がある事を他の猫が嗅ぎ付け、あの子猫だけでなく、何匹もの猫がここに集まる可能性がある。当然鳴き声にも悩まされる事になるな。民家の敷地内に侵入し、窃盗、破損、果ては傷害の可能性もあるだろう。近くに住む民間人に迷惑がかかると判断出来なかったのかね?感情ばかりを優先して、論理的な思考が出来ないものは動物と変わらない。もっと社会のルールに気を配り、人間らしい行動が出来ないものかね」 「すみませんでした。気を付けます」 ――エリザはハンカチで涙を拭きながらそう語った。 「博士の言い分はもっともだけど、僕は君の方が人間らしいと思うよ」 「では、子猫に餌を与えても良いでしょうか?」 顔を上げ、期待を込めた目で見詰める。 「いや、それはちょっと……」 「そうですか」 再び、がっくりと肩を落とした。 「矛盾に聞こえると思うけど、君は間違っていないから、傷付く必要はないんだよ」 「……子猫」 「え?」 「子猫は今もお腹を空かせているでしょうか?きちんと餌を食べられているでしょうか?」
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