古く慣る

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呉竹の間は少し静寂を装ってあり、それ故にシノコは些か緊張した。 息を飲み込み、そっと引戸を開ける。 屋島の禿げ狸は部屋の真中にどすりと座り、僧服姿のままの御供二人と、時々笑いながら話してあった。 チヨもいて、狸の話に聞き入っている。 「日露戦争の時なんかはのぉ......」 狸はそこで言葉を切り、目を挙げ、シノコを認めて笑った。 「お前さんもアキの娘か?」 しの子は頷いた。 『アキ』というのは女将の名だった。女将は秋に産まれた蜘蛛なのだ。 「女将と知り合いなんですか?」 シノコは卓に皿を置き、食べ終わった皿を取りながら訊いた。 「まぁ、知り合いよのぉ。旧い腐れ縁とでもいうか。もう二百年経つかな、お前さん達の母親に出逢ってから......あぁ、皿は置いておいて構わんよ」 狸はチチッと鳴いて、獣の指を擦った。途端に四、五人の女中が何処からともなく現れ、シノコの呆然とした腕から空皿を取って部屋を出て行った。 「今のが太三郎さんの幻術よ」 チヨが可笑しそうに言うので、シノコは彼女を睨んだ。それを見た屋島の禿げ狸が大きく笑い、つられて、御供の二人も口元で笑った。 「お前さんは付喪神じゃなぁ。篠笛の物の怪だの。名前は何と言うで?」 不意に狸がシノコを指差して言った。 「シノコです」 狸は嬉しそうに老人風の笑みを浮かべる。 「良い名だの」 シノコは名を褒められた事が素直に嬉しかった。
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