古く慣る

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※ 「帰ったよ~」 障子の先は玄関に繋がっている。シノコが生まれ育った宿の玄関である。切符で好きな所を行き来できるのだ。 ここも同じように夕陽に照らされていた。 二階へ繋がる黒木の階段も、板張りの天井を支える太い柱も、客間に続く暗い廊下も赤い影に飲み込まれていた。 「あら、早かったわね」 チヨが台所からエプロン姿で顔を出して言った。シノコは誇らしげに笑って草鞋を脱ぎ、チヨに焼酎瓶を渡した。 「他にする事は?」 シノコが聞けば、チヨは焼酎を受け取って、客間の方を指差した。 「じゃぁ、呉竹の間に卓、出してきてくれるかしら?」 「分かった」 シノコは返事をし終わる前に廊下を歩き出していた。 チヨはシノコの姉である。血の繋がりはない。共に女将に拾われたのだ。 今宵は忙しい。 何でも西で有名な豪族が観光でウチに泊まりに来るらしい。その際、御供も連れてくるというのだから、宴会の準備をしなくてはならない。 呉竹の間は他の客部屋と比べると格段に大きく、豪勢だ。畳もこっちでは有名な叩き畳を使っている。
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