古く慣る

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「屋島太三郎狸様の御成ぁりぃ」 一際、野太い声が抑揚をつけて言った。 何十という数の僧を後ろにつけ、一匹の化け狸が街道を登ってくる。 長い髭とは対照的に頭の禿げた雄狸で、ゆったりと獣の脚で歩き、古びた袈裟を纏っている。腰には一振りの大刀が差され、鞘が下げ緒の尾を引いていた。 「やっと来なすったか」 その大狸を目の前にした時、女将だけが怯まず言を紡いだ。 シノコは何も言えず、目を合わす事すら出来なかった。 恐ろしい物を見た気分である。 狸の黄色い目が女将を見た。そして尖った歯を見せて笑った。 「待たせてすまんのぉ、老体にこの坂道は堪えるんでな」 女将はしばらく、むすっと顔をしかめていたのだが、狸の声を聞いて苦笑した。 「相変わらずだな、禿げ狸、今宵は楽しんでいけ」 狸もカラカラと乾いた声で笑い、またゆったりと宿の玄関をくぐった。彼の背後に続く坊主達も何も言わず、一人残らず、宿の中に入っていく。 錫杖の音だけが、残された使用人達の耳に漂っていた。 「あんたら、なにボサッとしてるんだい? さぁ、仕事だよ!」 女将が四本の手を叩いて、さっさと宿に入っていく。その声にやっと、使用人も動くのを許されたかのように息を取り戻した。
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