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屋島太三郎狸を一目見たときから、その存在感は彼女の脳裏に焼き付いてあった。丁度夕焼けのように。
「そっちのチヨちゃんは......」
狸は触り心地良さそうな茶毛の指を、畳に正座してあるチヨにゆっくりと向けた。
「人間なのか」
太三郎は酒に酔った勢いでそう言った。驚いたのはシノコだけだったようで、チヨは口元を微笑ませてあった。
「人間なんかが儂らの世でよぅやっていけるのぉ」
始め、シノコは狸の言っている事が理解出来なかった。
そして理解してなお、チヨが微笑んでいる理由がわからなかった。
今までこの家に人間はいなかったのだ。人間は向こうの生き物で、駄菓子屋から抜けた時に時々目にするだけで、関わり合う事もないものと思っていた。
それが今、この瞬間、この刹那、初めてシノコの意識に人間が生まれたのだ。姉という最も近い形で。
「それじゃぁ、失礼しますわ」
しばらくして、チヨが小さく言って部屋を出て行った。
「あの、私も......」
シノコも半ば口籠りながら、静かな宴を立ち上がって、そのまま部屋を出た。
いつもより暗い廊下であった。提灯の明かりが揺れるのに合わせて、シノコの影も一緒に揺れゆる。
奇妙にも、薄壁の向こうからゆらゆらと聞こえる笑い声が気味の悪いものに思えて仕方なかった。
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