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「幾ら身内と言っても、それぞれの家庭や夫婦間の事情は有るでしょうし、頭ごなしに否定するつもりは無いし、特に何も言うつもりは無いわ」
「そうなんだ。やっぱり美子さんは冷静だよな」
(何一人でほっとしているのよ。まさか……)
如何にも安堵した様に自分を評した俊典に腹を立てつつ、そこでろくでもない考えが頭の中を過った美子は、相手を軽く睨む様にしながら尋ねた。
「俊典君。まさか結婚話を進める為に会うって言うのは方便で、叔母さんには内緒で叔父さんとその女性との別れ話に、一枚噛んでくれとか言わないわよね?」
それに俊典が慌てて否定しようとした時、至近距離で女性の悲鳴が上がった。
「まさか! そんな事を美子さんに頼むなんて」
「きゃあっ!!」
「うあっ!! 何だ!?」
皿を運んでいたウエイトレスの一人が、自分達のテーブルのすぐ近くで何かに躓いて転び、彼女の手から離れた皿が宙を舞って、皿が俊典の右肩に、それに乗せられていた牛フィレ肉のローストと、その付け合せの野菜が彼の側頭部に命中する様を、美子はばっちりと見てしまった。
「お客様、申し訳ございません!」
あまりの出来事に、被害者の俊典同様固まってしまった美子だったが、その原因を作ったウエイトレスが勢い良く頭を下げて謝罪してきたのを耳にして、膝の上のナプキンを掴みつつ勢い良く立ち上がった。
「俊典君、大丈夫!? あなた、ここは良いから、急いで何か拭く物を持って来て。できれば濡らした物を」
「畏まりました!」
再度頭を下げて走り去るウエイトレスと入れ替わる様に俊典の横に来た美子は、取り敢えず自分が持って来たナプキンを使って、未だ呆然として微動だにしない彼の頭や肩に乗ったままの肉や野菜を取り除く。
「ソースがべったり付いちゃったわね。クリーニングで落ちれば良いけど」
取り敢えず落ちている皿に取った物を乗せてから、今度は俊典が使っていたナプキンで髪やスーツのソースを拭き取ってみたが、流石に簡単に拭き取れる物では無かった。
「全く! この店は、どんな従業員教育をしてるんだ!」
ここにきて呆然とするのを通り越して、俊典が怒りを募らせ始めていると、それを宥める間もなく、黒の上下で固めた責任者らしい初老の男性と、先程のウエイトレスが連れ立って戻って来た。
「お待たせしました。こちらをお使い下さい」
「ありがとう」
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