第1章 母との別れ

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 黒のワンピース姿で家の中を行き来しながら、連絡を受けてやって来た葬儀社の担当者と作業員に細かい指示を出す合間に、色々な打ち合わせをこなしていた美子は、頭の中でこれからしなければならない事を確認しながら、何気なく窓の外に目を向けた。 (ええと……、布団と祭壇の準備、明日の通夜ぶるまいと明後日の精進落としのお料理の手配は、料亭の方に連絡を入れたし……、え!?) 「ちょっと失礼します」  視線の先に、この場に居る筈も無い人間の姿を認めた美子は、対応している相手に短く断りを入れて立ち上がり、部屋を横切って縁側の窓を引き開けた。 「どうしてそんな所にいるの?」  本気で当惑した顔を向けてきた美子に、秀明は軽く肩を竦めて事も無げに言い返す。 「メールを貰ったから様子を見に来たんだが、インターフォンのボタンを押しても、玄関で声をかけても、業者らしい人間が忙しそうに出入りしてるだけだから、庭に回ってみた」 「それは悪かったわ。気付かなくてごめんなさい。そろそろ仮通夜に親族が来てもおかしくない時間帯だから、他にも誰か残って貰うべきだったわ。もう少ししたら玄関脇の受付に人を配置して貰うから、大丈夫だとは思うけど」  如何にも失敗したという顔付きで自問自答っぽく呟いた美子を見て、秀明は軽く眉根を寄せながら尋ねた。 「残っているのは一人だけなのか? というか、誰かに家を任せて、病院には行かないのか?」 「父達が迎えに行っているし、誰かここで迎える準備をしておかないと駄目でしょう?」  当然の如く言い返した彼女に、秀明は軽く溜め息を吐いてから、手に提げていた小さなビニール袋の中身を軽くかざして見せる。 「多分そうだろうと思って、これを持って来た」 「何?」  思わず受け取って中身を覗き込んだ美子は、軽く首を傾げた。 (これって所謂栄養ドリンクと、市販の睡眠導入剤?)  ドラックストアの店名が入ったビニール袋の中に入れてある、四つの箱の品名を美子が確認していると、秀明が事務的な口調で尋ねてくる。 「因みに通夜と告別式の、場所と日程はもう決まったのか?」  その声に、美子は慌てて顔を上げた。 「ええ。葬儀社の担当者と相談して、菩提寺のご住職の都合も良いし、今日は仮通夜で明日の七時から通夜、明後日の十時から葬儀と告別式にしたわ。全部家で執り行う予定よ」
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